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超久々の更新なのに、その内容が宣伝というのもお恥ずかしい話なんですが、でもしっかりと宣伝させていただきますよ!(開き直り)

これまでにも日本のLGBTシーンに多大なる貢献をなさってきた、作家の伏見憲明先生のお店、A Day In The Life(通称アデイ)のウェブマガジン、“アデイonline”が、今月から公開開始となりましたー!

アデイ online | ゲイバー発、LGBTとあなたをつなぐウェブマガジン!
http://aday.online/

で、ですね。

この“アデイonline”で、私こと藤嶋は、LGBTのロック&ポップス史『We Will Rock Q』の連載を担当させていただいております!

気合入れて書いてます! ぜひ読んでください!

『We Will Rock Q』を読んでいただきたいのはもちろんのこと、本体の“アデイonline”自体も、かなり凄いことになってますよー。

何が凄いって、コンテンツの充実ぶりが。

実際に見て、そして読んでいただければ、そのことはすぐにおわかりになっていただけると思います。

まずは、作家の中村うさぎ先生と伏見先生の対談が、いきなりドーン! お二人の鋭い舌鋒が冴えまくります。

そして、連載コンテンツは、古典エッセイストの大塚ひかり先生の『変態の日本史』、そして歌人の枡野浩一先生の【二丁目の一夜の一首】

それから、各曜日を担当なさっているスタッフのみなさんによる連載コラム、“アデイ・コラム”も、これまた個性的です。

アデイというお店は、ミックス・バー(女性のかたや異性愛のかたでも入れるゲイ・バー)なんですが、お客さんだけがミックスなのではなくて、スタッフのみなさんの性別や性的指向も、実にさまざまです。

俗にいう観光バー(女性のかたや異性愛のお客さまがたに楽しんでいただくことを主眼としたゲイ・バー)ともまた違っていて、実にさまざまな性的属性のみなさんが、LGBTをキーワードにして集まってくるお店、という感じ。

お店での話題も本当にさまざまで、二丁目ではタブーとされている(らしい)政治の話題で盛り上がることもあるし、あるいは下ネタで盛り上がるときもある。文化サロン的な雰囲気のときもある。

そんなわけで、アデイでスタッフを務められているみなさんのお書きになるものも、LGBTをキーワードにしつつ、その視点やスタンスは、実に多様なんですよね。

そこがすごく面白いんです。

月曜日を担当していらっしゃるのは、本職の和尚さんで、かつ異性愛男子の、清寛和尚さん。その清寛さんによるコラム『二丁目寺の坊主日記』

火曜日を担当していらっしゃるのは、ゲイ雑誌『G-men』の編集長でいらっしゃった、もちろんゲイ男子のいたるさん。そのいたるさんによるコラム『いたるの部屋』

木曜日を担当していらっしゃるのは、腐女子歴30年という真紀さん(もちろんリアル女子で、本業は主婦でいらっしゃいます)。その真紀さんによるコラム『木曜の腐女子』

ノンケ男子の和尚さんと、『G-men』元編集長と、筋金入りの腐女子主婦。このお三方が、それぞれ連載コラムを担当して、それらが同じ一つのウェブマガジンに掲載されているという、この事実。

これって、ものすごく面白いと思いませんか?

少なくとも私は、ものすごく面白いです。

これぞダイバーシティ! とまで思いますよ、私は。

そして、店長である伏見先生によるコラム『伏見方丈記』や、書評コーナー『本棚のセックス』。さらには、伏見先生が聞き手となって、いまどきのLGBTについて学び直すというコンセプトのインタヴュー・シリーズ『おしえてLGBT!!』

さらには「日本のLGBTを取り巻くアレコレについて無責任に論評する」という、「年齢も職業もジェンダーもセクシュアリティもXな」6名のみなさんによる座談会形式の『うんどう批評』、などなど。

単純に、一読者の立場から見ても、「すげー!」と思いますよ、この多様さと多彩さは。伏見先生ならではのものですよね、これは。



そして、私が担当させていただいている『We Will Rock Q』なんですが。

これは、毎回一人のアーティストにスポットを当てた、LGBTのロック&ポップス史です。

タイトルは、伏見先生にお願いして命名していただきました。めちゃめちゃ気に入ってます。ユーモアがあってキャッチーだし、多様性も反映されてるし。

挿絵を担当してくださっているのは、アデイの日曜担当で、副店長でもいらっしゃる、こうきさんです。こうきさんのイラスト、すごいですよー! こちらもめちゃめちゃお気に入りです。



というわけで、みなさま、ぜひ“アデイonline”のご愛読を、よろしくお願いいたします。



それから、“アデイonline”へのクラウドファンディングも、併せてお願い申し上げます!

https://camp-fire.jp/projects/view/16797

これは私事なんですが、私は『We Will Rock Q』の連載をさせていただく中で、ある一つの大きな目標を決めました。

その大きな目標を達成するためには、“アデイonline”という執筆の場が、私には必要です。

どうか、みなさまのご協力を、何卒よろしくお願いいたします!

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2016.12.18 Top↑
 長らくご無沙汰しておりました。藤嶋です。

 1年以上もの長きに渡り、このブログおよびサイトの更新を、一方的にお休みさせていただいておりましたが、もしも万が一、更新を楽しみに待っておられたというかたがいらっしゃいましたら、ここに深くお詫びを申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。



 前にもこのブログで少しだけ触れたことがありましたが、実は私の父が一昨年にがんと診断され、抗がん剤治療を続けておりました。昨年の春以降は、しかし病状がいよいよ悪化し、私も精神的に余裕が持てなくなってきてしまい、サイトやブログの運営も手つかずとなっておりました。

 そして、昨年9月に、父は亡くなりました。

 がんと診断された時点で、既に余命宣告を受けていた父ですが、終活の類は全くやろうとはしませんでした。そのため、葬儀と埋葬が済んでからも、相続やら何やらで混乱が続きました。

 年が明け、やや落ち着きを感じられるようになってきたので、少しずつですがサイトおよびブログの更新を再開しようと思います。

 とはいえ、実は父が亡くなったこと以外にも私の身辺にはいろいろと変化があったので(というか、今もその真っ最中なので)、はたしてどのくらいのペースで続けていけるのか、私にも先は見えないのですが、まずは再開の旨だけ、ここにご報告させていただきます。

 はなはだ頼りない私ですが、気長に見守っていただけると幸いです。よろしくお願い申し上げます。



2016.01.18 Top↑
 2014年4月27日(日)は、渋谷で行なわれた『東京レインボープライド2014 パレード&フェスタ』に、私も足を運んでまいりました。

 とはいえ、当日の私は、実際にパレードを歩いたわけではなく、またステージの内容をじっくりと拝見したのも、実は午前の部だけだったりするのですが。

 寝不足と、それから人混みが辛かったのとで、午前の部が終了してからは、パレード参加受付をすることもなく、日影のベンチに座って、グッタリとしていました。

 そして午後からは、数年ぶりに再会した、私と最もウマの合う友人と2人で、パレードの出発や帰着の様子を眺めながら、今回の参加者層が見た目にはどのようなものであったのかを分析したり、各フロートの人数分布をチェックしたり(2人とも分析癖のある人間なので)、また、時には莫迦話を差し挟みつつ、イヴェント全体を俯瞰しながら、互いの意見を交わし合い、ディスカッションをして時間を過ごしました。

 そのようなわけで、今回の私は、会場に足を運んではいたものの、参加者というよりは、むしろ傍観者の立場にいました。

 そんな私が、今回のプライド・パレードについて何かを語ったところで、それは運営側の事情・心情というものを斟酌できていない、一方的なものだろうとは思います。

 ですが、傍観者の目から見た一つの意見として、ここでは私個人の感想、というか印象を、述べてみたいと思います。



 先ず、私が初めて実際にプライド・パレードを体験した、00年代前半のころと比べると、性の多様性の可視化の実現が、本当に進んでいると実感しました。

 たとえば、00年代前半の日本のプライド・パレードでは、トランスジェンダーのかたたちの参加は、今ほど数は多くなかったです。

 そういう以前に、女性のかたの参加自体も、まだまだ少なかった。

 それから、会場で見かける外国人のかたの姿も増えたし、お子さんのいらっしゃるLGBTのステップファミリーのかたの可視化も、これは本当に著しく進んでいます。

 こういった、セクシュアル・マイノリティという大きな枠組の中での、それぞれの性の領域の可視化が進んでいるのに加えて、一般企業からの協賛や広告の増加、欧米の大使館からの後援など、既存の社会に対してのセクシュアル・マイノリティ総体としての可視化も、非常に進んでいます。

 これらのことは、00年代前半のころの日本のプライド・パレードでは、実現されていなかったことです。

 その意味では、現在の東京レインボープライドは、00年代前半のころの東京レズビアン&ゲイパレードに比べて、確実に進歩しているし、これからも基本的には今のままの方向性で、進歩と成長を続けていってほしいと、本気で願っています。

 ただ、ですね。

 だからといって、00年代前半のころの日本のプライド・パレードが、女性やトランスジェンダーのかたたちの存在を排除していた、というわけでは、全然ありませんからね。念のため。

 当時の日本のプライド・パレードの運営側も、女性やトランスジェンダーのかたたちに、もっともっと表に出てきてほしいと願っていたし、それを実現するための努力を怠っていたわけでもありませんでした。

 そもそも、セクシュアル・マイノリティと一口にいっても、それは決して一枚岩ではないのだから、無条件で連帯ができるわけではないんですよね。

 これというのは、たとえば1994年に行なわれた、日本で初めてのプライド・パレード『東京レズビアン・ゲイ・パレード』の参加者が、300人だった(今年の東京レインボープライド2014の公式ガイドに掲載されていた、当時の主宰を務められた南定四郎さんの談による)というのと、たぶん同じことです。

 要するに、たとえ同じセクシュアル・マイノリティ同士であっても、プライド・パレードの開催・参加への理解というのは、徐々にしか拡がっていかない、ということです。

 ということは、つまり。

 参加者が少なかった時代のプライド・パレードの運営側のかたたちほど、まだ姿を見せていない、同じセクシュアル・マイノリティの人々に対して、「もっと参加してほしい、もっと表に出てきてほしい」という気持ちを、より強く、より切実に抱いていたはずなのです。

 私が実際に体験した、00年代前半のころの日本のプライド・パレードの運営側も、それはやはり同じでした。

 既に参加者が増えていたゲイやバイの男性だけではなく、当時はまだまだ参加が少なかった、女性やトランスジェンダーのみなさんの参加を、当時の運営側は、強く強く望んでいました。そのことは事実であると、私は断言できます。というのも、当時の日本のプライド・パレードの運営の中枢にいらっしゃったかたたちの何人かを、私は個人的に存じ上げているので。

 つまり、00年代前半のころの日本のプライド・パレードは、確かに2014年の現時点に比べると、女性やトランスジェンダーのかたたちの参加が少なかったけれども、それは当時の日本のプライド・パレードが、女性やトランスジェンダーのかたたちの存在を視野に入れていなかったというわけではないんです。

 むしろ、その逆です。

 そして。

 00年代前半当時の日本のプライド・パレードの運営側は、異性愛社会に向けたメッセージだけではなく、ご自分がセクシュアル・マイノリティであることを受け入れられずにいらっしゃるかたたち、つまりクロゼットのかたたちに向けて、前向きなメッセージを発信することも、強く意識されていました。

 そのメッセージを受けて、クロゼットから外に出てきて、ゲイ・コミュニティに足を運び入れるようになった、その一人が、何を隠そう隠しませんが、この私です。



 というわけで。

 いささか回り道にはなりますが、この私が、どのようにしてクロゼットから外に出てきたのかを、ここで語らせてください。

 私個人について興味のないかたにはつまらない話だということは重々存じておりますが、どうかお付き合いをお願いいたします。
2014.05.04 Top↑
ほぼ1年ぶりの更新となります。このブログをお読みくださっていたみなさまには、長きに渡って更新をお休みしてしまったことを、ここにお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。

この1年間、どうしていたのかというと、昨年末から体調が大幅に悪化し、今年の初めごろから3週間に渡って入院していました。退院後も体調は安定せず、発熱や咳が続いていただけではなく、手足に力が入らなくなり、ペットボトル飲料のフタを自力で開けることができなかったり、横になっている状態から自力で立ち上がることさえ困難な状況でした。

現在では発熱も治まり、手足も普通に動くようになって、どうにか普通の生活を送れるまでには回復しましたが、気管支にできものがあるのが原因で、依然として咳には苦しんでいます。薬での治療のため、回復に時間がかかっており、飲食店のような場所で友人と歓談に興ずることもできません(声を発すると咳が止まらなくなるのです)。また、映画館や図書館、コンサート・ホールやライヴハウスといった場所も、咳のせいで他のお客さまがたに迷惑をかけてしまうので、長く足を運んでいません。

そのようなわけで、以前のような頻度でライヴ・レポを更新していくことは現状では無理なのですが、できる範囲でブログの更新を再開していきます。

いったいどの程度のかたが、このブログの再開を待ってくださっていたのか、私にはわからないのですが、今後もご高覧をいただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。
2012.10.21 Top↑
更新履歴ではなく、久々にただの日記です。



2005.09.03 Top↑
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