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3月22日(火)は、東京・大森にあるフォーク居酒屋“風に吹かれて”にて行なわれた、屋良朝友(やら・あさとも)さんのワンマン・ライヴに、足を運んでまいりました。

屋良さんが“風に吹かれて”に出演なさるのは、これが4度目。そのうちの3度がワンマン。その3度のワンマンを、私は現在までのところ、すべて拝見させていただいています。

今回のワンマンの第1部は、「しつこいおかま」「悪いけれど・・・」「雲雀」など、明確にゲイの恋愛をテーマとした楽曲のオン・パレード。そして第2部は、今回のツアー終了後に制作が開始される(んですよね? ね? と念を押してみる:笑)新作CDに収録予定の楽曲が中心でした。

屋良朝友さん1 屋良朝友さん2

屋良朝友さん3 屋良朝友さん4


藤嶋にとって、この日のライヴは、東北地方太平洋沖地震発生後に足を運んだ、3本目のライヴだったのですが、この日も途中で余震があったにもかかわらず、現在では非・日常になってしまった日常へと、ようやく戻ることができたような、そんなくつろいだ気分に浸ることができました。

いま思えば、13日のとんちピクルスさんのライヴのときには、出演者の側も、私たちオーディエンスの側も、巨大地震発生のショックが、まだまだ続いていた状態だったように思います。もちろん、不安や緊張も大きかったんだけど、この日の段階では、まだ動揺のほうが強かった。

だからこそ、13日のライヴでは、とんちピクルスさんも NON HAWAIIAN さんも、たとえ普段とは違う演奏条件ではあっても、そのパフォーマンス自体は、地震発生前と変わらない、普段の状態に近いものだったように感じます。

対して、19日の『土曜日の旅人達』では、出演者の側も、オーディエンスの側も、ライヴ・ハウス側も、巨大地震発生による大きなショックがひとまず過ぎ去り、その代わり、日々拡大していく被害状況や、停電による混乱、買占めによる物資不足、原発への危惧などによって、むしろパニック心理のほうが強くなっていたように思うんです。

そして、出演者のパフォーマンスにより直接的な影響を及ぼすのは、おそらくはショック状態ではなく、パニック心理のほうなのではないか、という気がしました。

巨大地震の二日後に行なわれたとんちピクルスさんのライヴよりも、一週間後に行なわれた『土曜日の旅人達』のほうが、出演者も、主催者も、私たちオーディエンスも、みなメンタルの面で、巨大地震の影響を、より強く受けていたように思うんです。

ところが、22日に観た屋良朝友さんのパフォーマンスは、そうではなかった。
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2011.03.27 Top↑
3月19日(土)は、風太郎企画25th『土曜日の旅人達』@阿佐ヶ谷 NEXT SUNDAY に、足を運んでまいりました。

実は藤嶋、風太郎企画を観るのは今回が初めてでした。そんな藤嶋であっても、今回の『土曜日の旅人達』が普段の風太郎企画とは異なった雰囲気であったろうことは、想像に難くありません。

節電のためにマイクやアンプは一切使用せず、照明も大幅に落としていましたが、そうした演奏条件の違いだけを取り沙汰して言っているのではなく、出演者のみなさんの心理状態そのものが、普段とは違っていたと思います。

今回の出演者のみなさんのうち、このブログではおなじみの藤本大祐(ふじもと・だいすけ)さんと藤井 周(ふじい・あまね)さんのおふたりを除いては、今回初めてパフォーマンスを拝見させていただくかたばかりでした。したがって、いつものライヴと比べてどうこうという種類の話は、私にはできないはずなのですが、おそらく今回の『土曜日の旅人達』でのパフォーマンスは、その心理状態ゆえに、普段とは違うものだったのではなかろうかと推察しています。

実際、今回5番手にパフォーマンスされた、いろは。さんは、そのMCの中で、「いつもどおりに演ろうとしたけど、りきんでしまっている」という趣旨のことをおっしゃっていました。たとえば、いきなり歌い出しから歌詞が飛んでしまったりとか(笑)。

いつもどおりであろうとしているが故の、りきみ。

このりきみは、いろは。さんだけでなく、他の出演者のみなさんにも、大なり小なりあったのではないかと思うんですよね。

出演者だけでなく、オーガナイザーである風太郎さんや、NEXT SUNDAY のスタッフのみなさんにも、同じようにしてあったと思うんです。

そして、たぶんオーディエンスの側にも。

藤嶋自身、普段どおりの精神状態とはおよそ言い難かった。

無理に明るく振舞おうとしていたわけではなかったけれども、一種の臨戦態勢にあったと思うのですよね。震災後の日本に蔓延している、娯楽産業への「不謹慎」というレッテルに反発する気持ちとか、イヴェントの最中に地震が起こっても冷静でいようと身構えている緊張感とか。

そのようなわけで、今回の『土曜日の旅人達』で拝見させていただいた、出演者のみなさんのパフォーマンスは、決して普段どおりのものではなかったと思うのですが、しかし。

このような状況下でのライヴだったからこそ、出演者のみなさんの、アーティスト/パフォーマーとしての決意や揺るぎなさ、音楽/パフォーマンスへの愛情が、全篇から迸り出ていました。

いつもどおりのライヴではむしろ出会えないであろう、出演者のみなさんの熱い姿に、この日、私は触れることができたと思っています。

いつもどおりではない状況下で、いつもどおりを取り戻すための、いつもとは違う熱さのある、特別で、大切なライヴになりました。
2011.03.27 Top↑
まず最初に、3月11日の東北地方太平洋沖地震と、それに引き続いて発生した各地の大地震で被災されたみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。



今回の東日本大震災では、私はさまざまな偶然が重なり合ったことで、電車に長時間閉じ込められることも、帰宅困難になったりすることもありませんでした。

けれども、地震後の交通網の大混乱には巻き込まれなかった自分でさえ、揺れに見舞われた瞬間のあの恐怖は、ずっと尾を引いていました。当日の夜は、度重なる余震や、引き続き起こった長野北部の巨大地震の恐怖に、一睡も出来ませんでした。

地震発生直後から、私はテレビを通じて地震に関する情報を得ていました。しかし、土曜日以降、テレビを観るのは止めました。

確かに情報は欲しいのだけれど、テレビが執拗に流し続ける、津波が市街地を呑み込んでいく映像に、神経が耐えられなくなりました。

全身のこわばりがいつまで経っても抜けず、呼吸が浅くなっていました。

だから、テレビの代わりにラジオを聴くようになりました。

神奈川県民の私が主に聴いているのは、FM横浜です。たぶん、他のFM局(TOKYO FM とか)でも同じような内容を放送していたのではないかと思うのですが、FMでは、非常時の情報はきちんと放送しつつ、大きな不安と緊張にさらされているリスナーを励ますような曲を、意識して流していました。

特に印象深かったのは、槇原敬之が Des'ree のヒット曲をカヴァーした「YOU GOTTA BE」、ドリームズ・カム・トゥルーの「その先へ」、そして、ジョン・レノンによる「Stand By Me」……。

DJのみなさんがたも、それぞれの言葉で、真摯なメッセージを、不安と緊張をかかえているリスナーのみなさんに向けて、今現在も発信し続けています。

ラジオと音楽の力に励まされて、私は少しずつ普通に呼吸できるようになりました。



そして、13日。日曜日。

この日は、三浦海岸のナツメグ・カフェを会場にして、とんちピクルスさんがライヴを行なうことになっていました。
2011.03.19 Top↑
3月6日は、Living Together Lounge Vol.75に足を運んでまいりました。

Living Together Lounge は、新宿 CLUB ArcH を会場に、毎月第1日曜日に行なわれている、Living Together 計画のクラブ・パーティです。「HIVを持っている人も、そうじゃない人も、ぼくらはもう一緒に生きている」というリアリティーの共有をコンセプトに、HIV陽性のかたやその周辺のかたがたの手記のリーディングと、アーティスト/ミュージシャンのかたのライヴ・ステージによって構成されています。

※Living Together 計画のサイトはこちら

今回のリーディングに出演されたのは、GoGoBoy の NAWOTO さん、くま絵師の悠さん、そしてタピオさんの御三方。

そして、ライヴは札幌在住の Glimus(グリマス) さん。これが初めてのライヴとなります。

今回 Glimus さんが Living Together Lounge でライヴを行なうことになったのは、タピオさんからの紹介なんだそうです。そして悠さんがリーディングで出演することになったのは、悠さんと Glimus さんが Twitter を通じて交流なさっていたことがきっかけなのだそうです。

そういったわけで、今回の Living Together Lounge は、人と人とのつながりが、それぞれのかたの人生に新しく何かをもたらしていく、そうした奇遇を、強く感じさせてくれました。

御三方のリーディングが終了し、いよいよ Glimus さんの初ライヴがスタート。
2011.03.10 Top↑
1月9日に二子玉川の Lasah にて開催された、鹿嶋敏行さんのワンマン・ライヴを拝見後に、鹿嶋さんからいただいた言葉が、とても印象に残っています。

「やっと『普段着』のステージを観てもらえた」

それまで藤嶋が観てきた鹿嶋さんのステージは、たとえば第1回LGBT音楽祭であったり、すこたんソーシャルサービスさん主催のライヴであったり、あるいは『ソラニワ』であったりと、いずれもLGBTの主題性が強いものだったんですね。

これらの鹿嶋さんのステージが、鹿嶋さんにとっても特別な、通常とは異なる性質のものであることは藤嶋にも想像できていたし、実際1月9日の Lasah でのワンマンは、藤嶋がこれまでに観てきた鹿嶋さんのステージとは明らかに印象が異なっていて、そのことはライヴ・レポのほうにも記しているのですが、それを読んでくださった鹿嶋さんから、前述のお言葉をいただいたときに、その「普段着」という表現に、藤嶋はハッとさせられたのです。

これって、単に出演イヴェントの性質が異なっているというだけの話ではないのだなー、と。



ゼロ年代前半のころは、LGBTミュージシャンが一同に集うライヴ・イヴェントが、東京でも頻繁に開催されていました。特に2002年から2004年にかけては、ゲイ・インディーズの対バン・ライヴ・イヴェント『Ball de Musa(バル・ダ・ムサ)』が、新宿一丁目のライヴ・ハウス HEAD POWER を会場に、なんと隔月で(←今じゃ考えられない話だけど)、開催されていました。そして、そのようなゲイ・コミュニティの音楽イヴェントをホームとしているミュージシャンも、大勢いたんですよ。ゲイ・インディーズの黎明期を牽引した genetic LOADGALE といったユニットは、まさしくそういうミュージシャンでした。

つまり、ゼロ年代の前期は、ゲイ・インディーズのライヴ・イヴェントに足を運びさえすれば、それだけで大勢のLGBTのインディー・ミュージシャンのみなさんのパフォーマンスに触れることができたし、そこでのパフォーマンスこそが、それらのミュージシャンのみなさんの「普段着」のステージだった、ということなんです。

でも、今はそういう時代ではないのだよなー、と。

ゼロ年代初頭のころから日本のゲイ・インディーズ・シーンを追いかけてきた習い性で、これまで藤嶋がもっぱら足を運んでいたのは、LGBTのミュージシャンが一同に集うライヴ・イヴェントが中心でしたが、現状下でそうやって腰が重いままでいると、「LGBTミュージシャン」であることを引き受けて音楽活動を行なっているみなさんの、「普段着」のステージを知らずにいることになってしまう。

そのことを、鹿嶋さんの言葉によって実感したのです。

     ☆

さてさて、長ーい枕は、これにておしまい。ここからがようやく本題。

2月23日、秋葉原 PAGODA にて開催された、『店長 SHIDA-X 俺様わがまま Birthday 5Days』1.st Day に、藤本大祐(ふじもと・だいすけ)さんと、藤井 周(ふじい・あまね)さんのおふたりが、そろって出演されました。

この秋葉原 PAGODA は、藤本さんと周さんの、ホーム・グラウンドです。

そして藤嶋は、今まで PAGODA に足を運んだことがありませんでした。

これっていうのは、つまり。

藤嶋は、藤本さんや周さんの「普段着」のパフォーマンスを、今まで一度も観ていない、ということになるわけです。

特に藤本さんについては、初めて彼のライヴ・パフォーマンスに接してから、それなりの年数が経過しているというのに、いまだに彼の「普段着」を藤嶋は知らない、ということ。

ダメじゃん、アタシ!

というわけで、藤本さんと周さんの「普段着」のパフォーマンスを観るべく、藤嶋は秋葉原 PAGODA に初上陸をしたのです。
2011.03.01 Top↑
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