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知れば知るほど奥の深い、ニューヨークのクィア・ラップ・シーン。その1。

YouTube に代表される動画共有サイトや、楽曲のダウンロード販売の普及によって、海外の LGBT インディー・ミュージシャンの楽曲に接したり、その音源を入手したりするのは、私がそれらのミュージシャンについてネット上で記事を書き始めたころ(2001年ごろ)と比較しても、明らかに容易になりました。

とはいうものの。

日本にいながらにして、それらの現場の「空気」までも体験することは、依然として難しい。

というか、どれだけ技術が進化しようとも、それはたぶん不可能だと思います。

レポート記事やライブ映像だけではぜったいに伝わらない、現場での盛り上がりを実際に体験した者でなければ共有することのできない「空気」は、確かにあります。

そして、その「空気」こそが、実はムーブメントの原動力であったりします。

たとえば、何かのムーブメントを批判する方たちというのは、往々にして、そうしたムーブメントの外側にいらっしゃいますよね? ムーブメントの現場の「空気」を、ご自身でも実際に体験された上で批判行為をなさっている方は、ごく少ない。ところが、初めはそのムーブメントに否定的だったにもかかわらず、実際にムーブメントの現場の「空気」に接したとたんに、当初の考え方を大きく転回なさったというケースも、実は珍しくないんです。

結局、人は論理によってのみ動くものではなく、現場の「空気」こそが、人を衝きうごかしているんです。

良くも悪くも、人は「空気」によって動かされます。

思想や理念は、あくまでもムーブメントの起点でしかなく、ムーブメントを実際に動かしていく原動力となっているものは、実はその現場を満たしている「空気」の中にあるんです。

「空気」の中に原動力があるからこそ、それに実際に触れることによって、理念とか思想が大幅に転回するということも起こり得る。

人を動かすのは、実は「空気」なんです。良くも悪くも。

だから、現場の「空気」を自分でも体験し、自分のものとしないかぎりは、そのムーブメントに賛同するにせよ、あるいは批判するにせよ、いったい何がそのムーブメントを衝きうごかしているのかという、動きの本質を把握することは、まず不可能です。

何かのムーブメントについて語るとき、それが賛辞であれ批判であれ、そのムーブメントの現場に実際に足を運んで、現場の実際の「空気」を体験していないのであれば、それはかなりの手落ちなんですね。

ということは、つまり。

私がこのブログに書いている、海外の LGBT のインディー・ミュージック・シーンについての記事は、実は手落ちだらけなのです。現地取材をした上で書いているわけではないから。



と、まあ、このように長々と、冒頭からエクスキューズに走っている理由というのは、今回のエントリで取り上げようとしている話題は、現場の「空気」を実際に体験した上で書いている話ではないからです。

今回のエントリは、ニューヨークのボールルーム・シーンにおけるクィア・ラップについてのお話です。



ニューヨークのクィア・ラップについて、私が興味を持つようになったのは、下のリンクの記事を読んだのがきっかけです。

We Invented Swag: NYC's Queer Rap (Pitchfork, 2012.03.21)

これはほぼ1年前の、決して新しくはない記事ですが、それを今こうして引っぱりだしてきているのは、この記事の中で紹介されている若手のラッパー2組が、先月の末に、そろって新作ミックステープをリリースしたばかりだからなんです。

その2組のラッパーについて、より詳しい情報を求めていろいろと調べていく中で、私はこの Pitchfork.com の記事と出会いました。

そこで紹介されているラッパーたちの多くは、ニューヨーク・クィア・ラップについての予備知識がない人の目には、まず間違いなく、イロモノに見えることと思います。

具体的に説明すると、彼らニューヨークのクィア・ラッパーたちは、たとえば一目で男性だとわかるような女装姿(ヒゲを生やしたままの軽女装)とか、あるいは日本の文化でいうところのオネエキャラでギャングスタ・ラップをパフォーマンスしたりしているんですね。

ニューヨークのクィア・ラップ・シーン1

ニューヨークのクィア・ラップ・シーン2
(画像は Pitchfork より)


こうしたニューヨークのクィア・ラップは、音だけを聴くと、非常に尖ったサウンドと内容をもったゲイ版ギャングスタ・ラップなんですが(ゲイングスタ・ラップとも呼ばれています)、そのパフォーマンス・スタイルは、ヒップホップ・カルチャーの同性愛嫌悪の激しさや根強さを知らない人には、コミカルに見えるだろうと思います。

しかし、彼らがこのようなパフォーマンス・スタイルを選択しているのは、最初は奇をてらったいたのかもしれませんが、それを貫いていくには、ヒップホップの激しい同性愛嫌悪と、否が応でも向かい合わなくてはいけません。

つまり、女装やオネエキャラと、ギャングスタ・ラップという組み合わせは、実は非常に闘争的な性質のものなんです。

そうした知識の有無で、彼らのパフォーマンス・スタイルは、見え方が大きく変化してしまいます。

さらに加えて、それらのクィア・ラッパーが活躍しているニューヨークのボールルーム・シーンも、また独特の性質があります。

1990年代の初頭に、マドンナの「ヴォーグ (Vogue)」の大ヒットによって一気に世に広まったヴォーギングは、このニューヨークのボールルーム・シーンが発祥です。ボールルーム・シーンについては、日本語版ウィキペディアの「ヴォーギング」のページでわかりやすく解説されているので、ぜひそれを参照していただきたいのですが、このボールルーム・シーンのおもな担い手は、黒人のゲイ男性です。

ということは、ニューヨークのボールルーム・シーンで活躍しているクィア・ラッパーたちにとって、ヴォーギングとは、「自分たちが生み出した、自分たち自身の文化」にほかならないんですね。

先月末に新作ミックステープをリリースした、ニューヨークのボールルーム・シーンで活躍している2組の若手ラッパーのうちのひとり、Le1f(リーフと発音します)の「Wut」という楽曲のミュージック・ビデオでは、Le1f がヴォーギングを披露しています。

しかし、それはダンサーの訓練を受けた本格的なものではないからこそ、ボールルーム・シーンやヴォーギングについての知識をもたない人には、このビデオの Le1f は、「ヴォーグ」の振りつけをパクったゲイのラッパーに見えてしまうかもしれないのです。

しかし、そうではないんです。

Le1f にとってヴォーギングとは、「自分たち黒人のゲイが生み出した、ほかならぬ自分たち自身の文化」なんです。

ヒップホップの同性愛嫌悪に関する知識と、ヴォーギングの成り立ちの背景にあるニューヨークのボールルーム・シーンと、それを形成した黒人のゲイの人々に関する知識の有無によって、ヴォーギングをしながらギャングスタ・ラップをパフォーマンスする Le1f の姿は、ぜったいに見え方が変わってくるはずです。

"Wut"
(2012)


で、ですね。

私が今回のエントリの冒頭で、長々とエクスキューズした、「現場の『空気』を体験していなければ、それはそのムーブメントの本質を把握したことにはならない」という話。

それが、ニューヨーク・クィア・ラップ・シーンについての話題と、どう結びついてくるのかというと。

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