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マダム・ピロガネーゼ Live@池袋エイズフェス'13観覧記

 今日、12月1日は、世界エイズデーです。

 そして、その世界エイズデーの前日の昨日(2013年11月30日)、池袋にてエイズ啓発イヴェント『池袋エイズフェス'13』が開催されました。

 会場の中池袋公園は、2010年3月27日に鹿嶋敏行さんがワンマン・ライヴを行なわれた、豊島区民センターの向かいにあります。(そのときのライヴ観覧記はこちら。)

池袋エイズフェス'13 フライヤー


 主催は、やはり中池袋公園の向かいにある池袋保健所に、東京都が設置した、HIV/エイズに関する情報ラウンジ「東京都エイズ啓発拠点ふぉー・てぃー」さんです。

池袋保健所
池袋保健所


 私が『池袋エイズフェス』に足を運んだのは今回が初めてだったのですが、会場で配られていた印刷物に記載されていた共働団体一覧を見ると、学生さんのサークルが複数、名前を連ねていたり、その他の団体も「若者の立場からの情報発信」といったような趣旨のことを盛んに謳っていて、とにかく「若者」というワードがすごく強調されていて、既に四十台に足を踏み入れている私は、それらを読んで、一瞬「ウッ」となってしまったのが、正直なところだったりします。

「ひょっとしたら、中年の俺って、ここでは場違い?」みたいな。

 いや、もちろん、不愉快な思いをしたということでは全然ないですよ。こちらが一方的に、一人勝手に引け目を感じていただけです。

 うーん、なんと説明したらいいのかな。強いて例えるならば、四十を過ぎた私が、一般の客として大学の学園祭に足を運んで、「ああ、俺はもう、学生じゃないんだよなあ」という当たり前の事実を、今さらのように再確認してしまったような。それに近い感覚でした。

 これって、ジェネレーション・ギャップがどうこうという話ではなくて、自分は既に「若者」というコミュニティの外側なのだという事実を、頭で理解するのではなく、現実の事象として体感してしまったことの寂しさ、というか。

 まあ、要するにこれは、「若者」のコミュニティにも「熟年」のコミュニティにも属せない、まさしく「中間の世代」である「中年」のゲイの、単なる戯言です。

 戯言なんだけど、ちょっと書いてみたかったんです。すいません。

 それはそれとして。

 実際、『池袋エイズフェス』の雰囲気は、学園祭のそれに非常に近いと思いました。手書きの立て看板とかタイムテーブルとかを見ると、「ああ、こういうのって、大学のキャンパス内で、よく見かけたよなあ」なんて。

池袋エイズフェス 立看板

池袋エイズフェス テント横

「タイムテーブル」ではなく「タイムライン」となっているのは、
表(テーブル)じゃないから?(解釈に自信ナシ)
池袋エイズフェス タイムテーブル


 私は用事があったので会場には最後までいられなかったのですが、フィナーレにはパレードも行なわれたようです。

池袋エイズフェス フロート


 この『池袋エイズフェス』のように、休日の公園を会場にして行なわれる啓発イヴェントでは、ドラァグ・クイーンのかたたちがステージの上で「オカマ」とか「女装」とか、場末な単語を連発しているその前を、就学前の子どもさんがターッと無邪気に駆け抜けていったり、あるいはたまたま散歩に来ていたのであろう高齢者のかたが、「なんじゃ、これは」というような顔をしながらゆっくり横切っていくという、実にカオスな光景が、必ずと言っていいほど見られます。

 そうした光景を目にできるのが、実は私にはとっても嬉しいし、楽しい。

「まずは関心をもってもらう」という、あらゆる層へのアピールと、理解への入口としてのエンタテインメント性とかお祭りの要素も、啓発イヴェントには大事だと、私個人は思っています(HIVはLGBTだけの問題ではないし、啓発イヴェントとゲイ・イヴェントは何らイコールではないので)。

 この日の『池袋エイズフェス』でも、やはり親子連れのかたや、ご高齢のかたが、いかにもLGBTなかたがたに混じって、イヴェント企画のワードラリーに参加なされて、景品の豚汁やチョコバナナを召し上がっていらっしゃいました。

 こういう、カオスだけど和やかな光景、私は大好きです。

池袋エイズフェス お子さん連れのお母さん


 さて。

 このブログはLGBTミュージックについての話題が中心なので、ここから先は、既にこのブログでも何度も紹介させていただいている、マダム・ピロガネーゼさんのステージについて、主に書いていきます。

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