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 当ブログの今年最初の記事である、1月4日付の記事では、親サイトの Queer Music Experience.のほうで昨年末から地道に更新を続けている、ライヴ観覧記の復刻掲載について記しました。それまではソーシャル・ネットの mixi のみでの公開となってしまっていた過去のライヴ観覧記を、Queer Music Experience.に改めて掲載し直しています。

 それらのライヴ観覧記が、どうしてこれまでは mixi のみの公開になっていたのかというと、当初はそれらを、より詳細な内容にリライトして、後日 Queer Music Experience.に掲載し直す予定だったのですが、私の体調不良や多忙などが理由で、リライトに着手できなかったり、あるいは着手してもフィニッシュには至らずに、そのままとなってしまっていたためです。

 特に2011年は、ライヴに足を運んだ機会そのものは多かったのですが、体調が優れなかったせいで、mixi の日記として簡略な観覧記を書いたはいいものの、それを Queer Music Experience.用に詳細にリライトするだけの体力や気力を欠いてしまっていて、2012年が明けて早々には、ついに入院という事態にまで至ってしまい、結局それっきりになってしまっていました。

 そのようにして埋もれさせてしまっていた不遇な観覧記たちに、こうやって改めて光を当てる作業を開始したのは、このブログの昨年(2013年)12月12日付の記事の執筆の際に、それら mixi のみの公開になってしまっていた過去のライヴ観覧記を、参照のために読み返してみたのがきっかけでした。

 書いた当時は暫定的な内容のつもりだった、それらのライヴ観覧記を、改めて読み返してみると、わざわざ詳細にリライトせずとも、既に十分、「日本のインディーのLGBTミュージックの記録」になっているな、と思ったのです。

 もともと Queer Music Experience.というサイトは、即時性が求められるニュース・サイトのつもりで立ち上げたものではありません。私が目指しているのは、あくまでも「LGBTミュージックの記録を残していく」、そのためのサイトです。

 それなのに、せっかく自分で書いた「日本のインディーのLGBTミュージックの記録」を、Queer Music Experience.に掲載しない状態を続けているのでは、わざわざサイトを開設した意味がない、と思いました。

 そこで、それら埋もれさせてしまっていた過去のライヴ観覧記を、日記としての性質が強い記述についてはカットしたり修正を加えたりした上で、改めて Queer Music Experience.に掲載するという作業を、昨年末から続けている、というわけなのです。



 そして、先日(2014年3月27日)にも、また新たに一つ、これは2011年10月10日に行なわれたライヴの観覧記を、Queer Music Experience.に掲載したのですが、この観覧記については、実は復刻掲載ではなく、mixi のほうでも未公開だった、蔵出しのライヴ観覧記です。

 このライヴについては、当日撮影した写真のほうは、既に mixi のフォトアルバムで公開を行なっていたのですが、観覧記のほうは全くの未公開でした。

 ただ、執筆そのものには着手していて、しかしフィニッシュには至らず、そのまま未公開となっていたものです。

 これはもう言い訳にしか聞こえないであろうことは承知の上で言うんですが、書き手としての私は、文章があとからあとから湯水のように湧いて出るというタイプではなくて、一つひとつの文章を、いちいち頭で考えながら、何度も何度も反芻した上でようやくひねり出す、という難産型なんですね。ゲイ雑誌の『G-men』に小説を掲載していただいていた時期にも、編集部のほうから誌上で「寡作な作家」と紹介されてしまうくらい(苦笑)、とにかくもう、他の先生がたに比べると、致命的に筆の進みが遅いタイプなんです。パーッと勢い良く文章を書けてしまうタイプではない。Twitter の140字でさえ、いちいちテキストエディタを起動して何度も書き直したりしているような人間なんです。

 だから、私にとって文章を書くという行為は、非常に楽しいものではあるし、生きがいと言ってもいいくらいのものなんだけれども、それと同時に、ものすごく消耗する作業でもあるんですね。

 そして2011年10月10日に行なわれたライヴの観覧記の執筆にあたっては、この時期の私の体調は、既に悪化の一途を辿っていて(なにせ2ヵ月後には入院となったくらいなので)、下書きを残すだけで精一杯だったんです。

 その下書きを基に、今回、蔵出しの初公開となったのが、2011年10月10日に阿佐ヶ谷 NEXT SUNDAY にて行なわれた、風太郎企画三十弾『祝日ラプソディ』の観覧記です。

 このライヴに出演なさっていた、自称「オカマのロックシンガー」の光悟さんがヴォーカリストを務めていらっしゃるグリゲアリアス亀さんは、ぜひとも Queer Music Experience.のほうに記録を残しておきたかったアーティストさんなんですよね。

 さすがに年単位の時間が経過しているので、ライヴの様子とか会場の空気を伝えるためのレポート記事として成立させるのには無理があったのですが、私がグリゲアリアス亀さんのパフォーマンスを観て感じた、当時の印象の、その根幹となっている部分については、私の中で風化はしていないので、それをかなり詳細に書き足しています。

 お読みになっていただけると、私は嬉しいです。



風太郎企画三十弾『祝日ラプソディ』(2011年10月10日 at 阿佐ヶ谷 NEXT SUNDAY)
2011年10月10日 グリゲアリアス亀



 というわけで、以上、親サイトの Queer Music Experience.の更新情報でした。


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2014.03.28 Top↑
虹組ファイツ単独ライヴ5thフライヤー 2014年3月9日(日)は、渋谷 REX を会場に開催された、ゲイアイドルサークル、虹組ファイツによる5度めの単独ライヴ『虹組ファイツ ゴー!5!Go! ~忍、降臨~』に、足を運んでまいりました。

 昨年の3月23日(土)に開催された前回の単独ライヴでは、デジカメを持参して臨んだにもかかわらず、メディアを挿入し忘れていたがために、1枚も撮影ができなかったという、阿呆な私。

 ゆえに、今回は「よし! 撮るぞ!」と気合を入れて臨んだのですが。

 結果は、というと、実際にシャッターを切った回数のわりには、出来の良い写真はあまり撮れませんでした。

 私の完全な敗北……!(乙部のりえ)

姫川亜弓に叩きのめされて白目を剥いている乙部のりえの図


 そもそも虹組ファイツのみなさんのライヴはダンスが激しいので、シャッター・チャンスをつかむこと自体が私には難しい。しかも今回はいきなりポジション取りで失敗。その上、会場の渋谷 REX さんは照明機材の非常に充実している箱なので、照明の変化が他のライヴ・ハウスに比べてかなり目まぐるしく、客席の方角に向けられている照明の数もかなり多い。だから、シャッタースピードやら絞りやらの調整が追いつかないんですよね。

 まあ、それらをざっくりとひとことで言い表すと、私がヘタクソなだけ、ってことなんですけど。



 それはさておいて。

 今回の単独ライヴに出演なさったメンバーのみなさんは、計25名。

 その顔触れは、東日本からは、背番号01番の岡本 忍さん、06番の手塚智史さん、08番の矢柴一拓さん、13番の山下真彦さん、16番の中村春樹さん、20番の安倍京介さん、23番の西村雅之さん、25番の三浦小麦さん、27番の橘 俊平さん、42番の北山一護さん、46番の山城 仁さん、47番の若林大将さん、49番の飯島雄大さん、50番の青山裕太さん、59番の加藤修介さん、61番の鈴木優吾さん、62番の斉藤一馬さん。

 西日本からは、背番号04番の伊藤晃人さん、14番の青柳 友さん、18番の佐々木龍二さん、55番の高橋仁太さん、57番の下嶋 大さん、67番の三上大輝さん、68番の八神淳史さん、69番の宮崎太朗さん。

 このうち、67番の三上大輝さん、68番の八神淳史さん、69番の宮崎太朗さんは、九州エリアのメンバーのかたで、ライヴにはこれが初参加だったそうです。

 そして、25番の三浦小麦さん、27番の橘 俊平さん、42番の北山一護さんのお三方が、今回のライヴをもって、虹組ファイツを卒業されることとなりました。
2014.03.14 Top↑
 今年度(2014年度)のユーロヴィジョン・ソング・コンテストのオーストリア代表に選ばれている、ドラァグ・クイーンのシンガー、コンチータ・ヴルストを紹介した、当ブログの昨年(2013年)11月14日付の記事に、先日(2月27日)、コメントをいただきました。

 そのコメントの中で教えていただいたのが、昨年度のユーロヴィジョンのアイルランド代表の男性シンガーが、先月(2014年2月)の初めごろにゲイであることを公にした、との情報。

 そこで、早速ネット検索をして調べてみたのですが、これがもう、非常に素晴らしいアーティストだったんですよね。

 というわけで、今回はその男性シンガーについて書いていきたいと思います。

 情報をくださった水石さま、どうもありがとうございました!



 さて、その男性シンガーの名は、ライアン・ドーラン (Ryan Dolan)。北アイルランド出身の、28歳です。

 彼は自作曲「Only Love Survives」で、ユーロヴィジョンのアイルランド予選に優勝。代表の座を勝ち取り、スウェーデンのマルメにて開催された本選に参加しました。

 セミ・ファイナルでは8位入賞を果たし、計26カ国が競い合うファイナルへと進出。しかし残念ながら、最終結果は26カ国中、最下位の26位であったそうです。

 そのファイナルでのパフォーマンス映像を、私も YouTube で実際に観てみたんですが、いったいどうしてこれが高得点を得られなかったのかが、私には全くもって腑に落ちない。

 だってだって、こんなにも格好良く、しかも素晴らしい内容を持った曲とパフォーマンスなのに!

ライアン・ドーラン
(画像は Independent.ie の記事から)


「Only Love Survives」という楽曲は、トライバルな雰囲気のドラムの音が非常に印象に残る、前向きで力強いダンス・ミュージックです。この曲のファイナルでのパフォーマンスは、そうしたトライバルな要素を前面に押し出した内容で、たとえば和太鼓の演奏を観るのが好きだというかたであれば、絶対に「おおーっ!」と気分が高揚する、そういうパフォーマンスだと思います。

 少なくとも、私はものすごくアガりました。

 まあ、まずは観てみてください。

 できれば大きな画面で、重低音の良く効いたスピーカーに接続しての視聴をオススメします。



"Only Love Survives"
(Live on Eurovision Song Contest 2013 Grand Final)




 ……いかがでしたでしょうか? 良かったでしょ? たぶんこうした種類のパフォーマンスは、ヨーロッパよりも日本のかたたちにこそ好まれるような気が、私はします。

 さて、このライアン・ドーランのカミング・アウトについてなんですが、これを報じている記事の内容に拠りますと、それは先月5日の出来事。アイルランドの公共放送局である RTÉ Radio 1の番組に出演、そのインタヴューの中で、彼はゲイであることを公にしたのだそうです。

 参照したのは、以下の2つの記事です。
2014.03.07 Top↑
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