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今月は、全米各地でゲイ・プライド・イヴェントが開催されています。先週は、ニューヨークでゲイ・プライド・パレードが行なわれました。
ゲイ・プライド・イヴェントというと、パレードか、あるいは野外でのライヴ・イヴェントを想起される方も多いかと思いますが、ゲイ映画祭も、ゲイ・プライド・イヴェントの1つです。
今月の1日から11日にかけて、ニューヨークで開催された、NewFestというLGBT映画祭では、『Coffee Date』という作品が上映されました。
この作品には、'80年代後半に全米のトップ・アイドルとして大活躍した、デビー・ギブソン(現、デボラ・ギブソン)が出演しています。
ゲイ・プライド・イヴェントというと、パレードか、あるいは野外でのライヴ・イヴェントを想起される方も多いかと思いますが、ゲイ映画祭も、ゲイ・プライド・イヴェントの1つです。
今月の1日から11日にかけて、ニューヨークで開催された、NewFestというLGBT映画祭では、『Coffee Date』という作品が上映されました。
この作品には、'80年代後半に全米のトップ・アイドルとして大活躍した、デビー・ギブソン(現、デボラ・ギブソン)が出演しています。
デボラ・ギブソンの公式サイトは、こちらです。
デビー・ギブソンは、1987年に、16歳で、シングル「Only In My Dreams」と、アルバム『Out Of The Blue』を発表してデビューしました。そして、ほぼ同時期に15歳でデビューしたティファニーと共に、デビーは一大ティーンネイジャー・アイドル・ブームを世界中に巻き起こしました。現在ではマドンナと並ぶポップス界のゲイ・イコンであるカイリー・ミノーグも、当時のティーンネイジャー・アイドル・ブームの中から登場したアーティストの1人です。
(1987)
デビーは、1990年前後から、ブロードウェイ・ミュージカルの分野にも進出します。ミュージカルへの出演は、ポップ・シンガーと並ぶ、彼女のもう1つの大きな夢でした。
現在、彼女の名前をヒット・チャートで見かけることは稀です。そのため、彼女を「過去の人」だと思っている洋楽ファンは多いと思います。しかし、彼女はブロードウェイ・ミュージカルの分野では、『キャバレー』や『美女と野獣』、『レ・ミゼラブル』といったヒット作に出演している、今でも現役バリバリの人気ミュージカル俳優です。
したがって、この『Coffee Date』の公式サイトのトップページを見ても、彼女の出演は別格扱いです。
『Coffee Date』の公式サイトはこちらです。
『Coffee Date』は、コメディです。
主人公のトッドは、ストレートの男性です。彼は兄のバリーから、ブラインド・デートの話を持ちかけられ、いそいそと出かけていくのですが、そこに現れたのは、女性ではなく、ゲイ男性のケリーでした。
つまり、これはバリーのジョークだったのです。
意外にも意気投合したトッドとケリーは、バリーに引っ掛けられた仕返しをしてやろうと、今度はバリーの前で、わざと手を繋いで散歩しているところを見せつけます。
ところが、このジョークを、バリーはジョークとは受け取りませんでした。
バリーは、トッドもまたゲイだったのだと、誤解してしまうのです。
その誤解は周辺にも広がり、バリーだけではなく、トッドの母親や友人、職場の同僚までもが、皆、トッドがゲイだったと思い込んでしまいます。
トッドは運動が苦手で、映画や演劇を愛する青年でした。彼のそうした性質は、すべて彼がゲイだったからなのだと解釈されました。そのおかげで、いくらトッドが「僕はゲイじゃない、100%ヘテロだ!」と主張しても、それは彼がクロゼットのゲイだから、と解釈されてしまうのです。
そして、トッドの周囲の人々は、トッドを愛するが故に、ゲイに理解を示そうと、的外れな努力を開始します。
しかし、そうやって周囲からゲイ扱いされることによって、トッドの中には、ある疑問が湧き起こってきます。
――自分のケリーへの友情は、はたして彼自身が考えているような種類のものなのだろうか?
ひょっとしたら自分は、ケリーに友情以上の感情を抱いているのではないだろうか?
……というのが、公式サイトに掲載されているあらすじの趣意です。
なかなか面白そうな映画です。
この映画のポイントは、「同性愛を理解しようとして過剰に気を遣うのもまた、差別の一形態なのだ」ということが描かれている点にあると思います。
トッドの周囲の人たちは、トッドを愛しているからこそ、ゲイというセクシャリティを理解し、いたわろうとします。
しかし、そうやって「特別扱いする」ことは、結局は「区別している」のと同じことです。
過剰に気を遣われても、それはそれで、非常に居心地が悪いのです。
本当はストレートであるからこそ、ゲイに理解を示そうとする人たちの、ゲイを特別扱いする態度が、いかに相手に居心地の悪さを与えるものであるか、それをトッドは、自分の肌で直に体験していくことになるわけです。
そして、もう1つのポイントは、周囲からゲイ扱いされたことによって、本当のゲイであるケリーへの感情が、友情なのか、それともはたしてそれ以上のものなのかがわからなくなってしまう、というところだと思います。
私はこの『Coffee Date』の本編を観ていないので、これがどういう結末になるのかはわからないのですが、仮に、トッドとケリーが恋仲になる(かもしれない)という展開が待っているのであれば、この『Coffee Date』は、『ブロークバック・マウンテン』と同質の映画になる可能性があるように思います。
『ブロークバック・マウンテン』の原作小説では、主人公であるイニスとジャックの2人は、共にクロゼットのゲイとして描かれています。しかし、映画版では、ストレートの観客も感情移入できるように、イニスはストレート寄りの男性として描かれています。
そんなイニスが、同性であるジャックと恋仲になり、セックスをしてしまうことによって、イニスに感情移入していたストレートの観客は、「ひょっとしたら自分の中にもあるかもしれない、同性愛の素養」の存在に、否が応でも気づかされてしまうのです。
『ブロークバック・マウンテン』の映画版が、全米(に限らず全世界)の保守層から恐れられた理由というのは、まさにこれです。
つまり、同性愛が「誰の身にも起こり得ること」として描かれていたからこそ、『ブロークバック・マウンテン』は、ストレートの観客には非常に衝撃的な作品だったのです。
ただ単に同性愛が描かれているから反発を受けたわけではないのです。
どんな人の中にも同性愛の素養があるということを描き出していたからこそ、保守層は『ブロークバック・マウンテン』に反発したのです。
他ならぬ自分の中にも同性愛の素養があるかもしれない、ということを、彼らは認めたくなかったのです。
だからこそ、彼らは『ブロークバック・マウンテン』を否定したのです。
それと似たような衝撃を、ひょっとしたら、この『Coffee Date』という作品は、ストレートの観客に与えることになるかもしれません。
あらすじに示されている範囲内だけを見ても、トッドに感情移入していたストレートの観客は、「自分の中にも同性愛の素養があるのかもしれない」という気にさせられるはずです。
ケリーを演じているウィルソン・クルツという俳優は、自分も今回初めて知ったのですが、オープンリー・ゲイの舞台俳優だそうです。ミュージカル『レント』などにも出演していたそうです。
さて、この映画の中でのデビー・ギブソン改めデボラ・ギブソンなんですが。
公式サイトを見ても、彼女が演じるメリッサという人物が、物語の中でどういう役割を果たしているのかが、実はよくわかりません。予告編の映像を見ても、デボラの出演シーンはそれほど多くありません。
『Coffee Date』予告編はこちら。
ただ、デボラの公式サイトによれば、デボラは『Coffee Date』のために、新曲を提供しているそうです。
また、『Coffee Date』への出演だけではなく、デボラは7月19日開催のサンディエゴのゲイ・プライド・フェスティヴァルや、9月3日のサクラメントでのゲイ・フェスティヴァルでもパフォーマンスを行なうそうです。
ちなみに、以前このブログでも紹介した、アメリカン・アイドル出身のオープンリー・ゲイ・アーティスト、ジム・ヴェラロスの、Gay.comからのインタヴューの中で、以下のようなやりとりがあります。
あなたは、今年の夏、ゲイ・プライド・フェスティバルでパフォーマンスしましたよね。何か目玉はありました?
ロサンゼルスで、デボラ・ギブソンに会ったんだ。彼女は本当に素敵な人で、僕の新しい髪形を好きだと言ってくれたんだ(笑)。もうそれだけで充分だよ。
このジムの発言を読むと、デボラもまた、ゲイから愛されるゲイ・イコンの1人なのだなー、と思います。
デボラは、デビューしてから今日まで、スキャンダルらしいスキャンダルが、本当に1つもありません。彼女は確かにアイドルでしたが、彼女は同時に、作詞・作曲・プロデュースを自分で手がけるマルチ・アーティストでもあったので、彼女のイメージは周囲の大人たちによって作られた虚像などではなく、本物の優等生アイドルだったのです。
したがって彼女は、ゲイ・イコンと見做されている他の女性アーティストに多く共通する、「逸脱性」のようなものが希薄です。
しかし、レコード製作に関わる作業を全て自分でこなしてしまう彼女の「自立性」は、フェミニズムの発想からきたものではないからこそ、かえって実にスマートで、いわゆるルサンチマンとは一切無縁です。
そうした彼女の、実に軽やかな自己実現ぶりもまた、多くのゲイ男性の憧れるところだと思います。
※ルサンチマン【(フランス)ressentiment】
強者に対する弱者の憎悪や復讐(ふくしゅう)衝動などの感情が内攻的に屈折している状態。ニーチェやシェーラーによって用いられた語。怨恨(えんこん)。遺恨。
(大辞泉より引用)
2006.06.29 Top↑
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