上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- Top↑
ブログのほうではご無沙汰しておりました。Q.M.E.管理人です。

先日8月23日、まえけん♂トランス.pjのニュー・シングル「東京チャランス」を購入しました。

発売日当日に購入した自分に、我ながら吃驚です。

自分は貧乏なので、CDの購入は、懐具合と相談した結果、先送りされることが非常に多いんですが、発売当日、前田健が『いいとも!』に出演しているのを見たら、「あ、買わなきゃ」と思って、そのまま買ってしまいましたよ。



自分はコギャル文化にコミットしているわけではないので、コギャル文化の観点から見たまえけん♂トランス.pjの評価っていうのは、実はよくわからないんですが。

コギャル文化の当事者ではない自分がこのニュー・シングルを聴いて思ったのは、もしも前田健が、これからもCDのリリース活動を続けていくのであれば、次の3作目こそが勝負どころになるのでは? ということでした。



終電間際まで仕事をする日々が続いているので、明らかに推敲不足で、ひょっとしたらファンの人の反感を買うような書き方をしてしまっているかもしれませんが、とりあえず、現時点での素直な感想を以下に述べます。




まえけん♂トランス.pjのCDは、前田健という芸人が、歌とダンスを芸の中心としている歌マネ芸人であるが故に、その性質は、単なる「お笑い芸人の企画モノ」の領域を超えている、と思うんです。

だからこそ、「前作と全く同じフォーマットを踏襲している」という部分に、自分は正直、物足りなさを感じたんですね。



ヴォーカルやダンスの高い技術を持っているお笑い芸人というのは、前田健の他にも沢山います。だけど、前田健の場合、彼は歌マネが中心の芸人だから、それらは「芸の上での余技」にはならないんですね。

で、世間一般では、ゴ○エとまえけん♂トランス.pjを、同じ女装のお笑いキャラクターということで、同一線上で語っている人が多いようですが、自分は、○リエとまえけん♂トランス.pjを比較することには、あまり意味がないと思っています。その理由は、まあ後日の機会にでも述べることにして(ただし予定は未定)、しかしここではあえて、ゴ○エのCDリリース活動との比較をしてみようと思います。

○リエの場合、確かにダンス・パフォーマンスには物凄いものがある、とは思います。ただ、それでもやっぱり、ゴ○エのダンス・パフォーマンスは、「ガ○ッジセール」にとっては、あくまで「余技の領域」に属するものだと思うんですよ。性質的に。

まえけんとの優劣とか巧拙を問題にしているのではなくて、ガレッ○セールは「ものまねタレントではない」からこそ、ヴォーカルやダンスが彼らの芸の中心になることはない、という意味です。

だからこそ、ゴ○エのCDは「純然たる企画モノ」だと思うんです。

そして、それが「企画モノ」であるのならば、同じフォーマットを繰り返してCDをリリースしたとしても、さほどマイナスにはならないと思うんです。ヴォーカルやダンスがゴ○の芸(というか、芸人としての個性)の中心ではないからこそ、○リエのパフォーマンスの面白さは、最終的にはヴォーカルやダンス以外のところにあるように思います。もっと具体的に言えば、ゴ○エのパフォーマンスの面白さは、○リエの言動とキャラクターにこそある、と思うんです。だからこそ、CDのリリースを重ねるごとにゴ○エが歌わなくなっていっても、それはそれでOKとされているんだと思うし、キャラクターの面白さを活かしていくという点では、ドリフターズや萩本欽一のコントが良い意味でのワンパターンであったのと同じく、「同じフォーマットを繰り返す」ほうが、たぶん効果的だと思うんです。



で。

一方のまえけん♂トランス.pjは、まえけんのヴォーカルとダンスのスキルにこそ、その面白さの中心があると思うんです。なぜなら、女性ヴォーカルの曲を元キーで歌ったり、振り付けも担当したりすることこそが、前田健の芸の中心だから。

そんな前田健がCDをリリースした場合には、当然、彼の「パフォーマンスのスキル」こそが、作品の中心となります。

で、その性質のあり方っていうのは、実は、職業歌手のCDと同じなんです。

その意味において、まえけん♂トランス.pjのCDは、「お笑い芸人の余技」の領域を超えている、と思うんですね。

少し話は逸れますが、「くず」も「お笑い芸人の余技」を超えているように感じます。スキルの高さが作品の中心に来ている、という意味において。

仮に、まえけん♂トランス.pjが、ゴ○エの近作と同じように、自分ではほとんど歌っていないにもかかわらず、堂々とまえけん♂トランス.pj名義で作品をリリースしたとしたら、○リエと同じようにファンから笑って許してもらえるとは到底思えない。たぶん、批難を浴びると思います。



だから自分は、まえけん♂トランス.pjのCDが、同じフォーマットを繰り返した場合には、どうしても物足りなさが生じてしまうんですよねー。「お笑い芸人の余技」を超えているからこそ、職業歌手のCDを聴く場合と同じように、新作にはそれ相応の新しい切り口を求めてしまう。

「東京チャランス」は、前作「恋のブチアゲ♂天国」と全く同じフォーマットなんですよ。タイトル・トラックはトランスのカヴァー・ヴァージョンのメドレーで、トラック2はショート・コント、トラック3はメドレーに収録されているうちの1曲のフル・コーラス・ヴァージョン、そして4と5がカラオケ。

自分は冒頭で、「コギャル文化の観点から見たまえけん♂トランス.pjの評価っていうのは、よくわからない」と書いたんですが、たぶん、コギャル文化の観点から言えば、「東京チャランス」という作品は、まったく問題ナシのような気がします。コギャル文化っていうのは、基本的には「様式美」の世界なので。「様式美」が尊ばれる世界では、「フォーマットを踏襲すること」は非常に重要なので、好評だった前作のフォーマットを全面的に踏襲した「東京チャランス」は、たぶん同じように好感触を持って受け入れられるのではないか、という気はします。

コギャルからの支持の高いまえけん♂トランス.pjが、ターゲットをコギャル・オンリーに絞り込んでいるのであれば、今のままでも全然問題ナシなのかもしれません。ただ、自分は冒頭でも述べたように、コギャル文化にコミットしている人間ではないので、もしも3作目をリリースする予定があるのであれば、次はもう少し冒険してほしいなー、と思いました。その頃までには、たぶんコギャル文化の流行も変化しているだろうし。



と、まあ、なんだか厳しいことをつらつらと書いてしまいましたが、それでも充分楽しく聴いています。

コギャルたちの、いかにもダルそうな、「ハイハイハイハイ、ハハハハイ、ハハイ」という合いの手とか、前田健の地声による「後ろに下がってくださーい!」が、結構笑えます。


スポンサーサイト
2006.08.25 Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://queermusicexperience.blog10.fc2.com/tb.php/114-b96c6bcd
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。