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ジョージ・マイケルが、大麻所持で逮捕されました。



この事件の詳細というのは、ネット検索すればすぐにわかると思うので、ここでは詳しく書くことはしません。

というより、書く気も起こりません。



その代わり、この事件についてのGay.com UKのコラムへのリンクを、以下に張ります。

http://uk.gay.com/article/4981



で、ですね。

この記事を書いているStewart Who?というコラムニストの視点が、私は以前から疑問なんですね。





たとえば、このStewart Who?氏は、ジョージ・マイケルが7月にハッテン公園で激写されたときも、

「ゲイ男性だったら、誰でも身に覚えがあるはずだ」

みたいなことを書いて、ジョージ・マイケルを擁護していました。

まあ、それはそうかもしれません。

ただ。

野外セックスを夢想することと、それを実行に移すことは、全くの別物です。

公共の場でセックスに及ぶこと自体は、どう言い訳しようとも、迷惑行為なんですよ。




『The Sun』紙などのバッシング記事に対して、Stewart Who?氏が真向から反発しているのは、それがホモフォビックなものであるという前提に立っているからです。

その前提があるからこそ、Stewart Who?氏はジョージ・マイケルを擁護しているのだ、とは思います。

実際、ジョージ・マイケルの愚行をバッシングする記事に、ホモフォビックな傾向がないとは言い切れません。なにせ、タブロイド紙ですから。

でも、ジョージ・マイケルの振舞い自体は、批判されても仕方のないものなんですよ。それは事実です。



今回リンクを張ったコラムの中で、Stewart Who?氏は、ジョージ・マイケルを擁護するために、ビリー・ホリデイやトルーマン・カポーティを引き合いに出しています。

「ヘロインに溺れていたからといって、ビリー・ホリデイの歌手としての評価は下がるのか? 酒に溺れていたからといって、カポーティの文章の評価は下がるのか?」


――この書き方は、私には「論点のすり替え」のように思われました。



確かに、芸術というものは結果が全てです。

藤子・F・不二雄先生の傑作『エスパー魔美』のお父さんのセリフにもあるとおり、たとえ酒を呑みながら鼻歌混じりに描いた絵であっても、傑作は傑作です。

だから、ビリー・ホリデイは確かにヘロイン中毒だったけれども、偉大な歌手であることに間違いはない。

トルーマン・カポーティがどれだけアルコールに溺れていようとも、彼が偉大な作家であることに変わりはない。

そのことに、私も異論はありません。



ただ。

ここで忘れてはいけないのは、「ヘロインやアルコールが、彼らの人生にどのような影響を与えていたのか?」ということなんですよ。

ヘロインをやっていようがいまいが、そんなことはビリー・ホリデイの歌手としての評価には関係がない。

そうであるならば、ヘロインは彼女の生命を縮めただけの、いわば「百害あって一利なし」のものである、と言うこともできるでしょう?



確かに、ドラッグを摂取していることが、アーティストの才能の評価に、直接結びつくことはありません。

しかし。

ドラッグを摂取し続けることは、そのアーティストの命を縮める恐れがあります。

つまり、偉大なる才能が次々とこの世に作品を送り出していく、そのことにブレーキをかけているわけです。



そのことを、Stewart Who?氏はわかっているんですかね?





私の目には、Stewart Who?氏というコラムニストは、ゲイ・アーティストを擁護しようとするあまり、迷惑行為や違法薬物をも容認する、暴論に走ってしまっているように見えます。



『The Sun』紙のジョージ・マイケル批判記事を、私は全文読んだわけではないので、それが本当にホモフォビックなものであるかどうか、判断はできません。

が、仮にそれがホモフォビックなものであったとして、しかしその一方で、ジョージ・マイケルが愚行を重ねていることもまた事実なのだから、ゲイのコラムニストとしてStewart Who?氏がしなければいけないことというのは、『The Sun』の記事を「偽善」と批難したり、野外ハッテンやドラッグを容認したりすることなんかではないはずです。

それよりも、ジョージ・マイケルの薬物中毒やセックス中毒(たぶん)をいさめることのほうが、ジョージ・マイケル個人のためには、むしろ必要なことなのではないか?

私は、そう思います。



たぶん、ジョージ・マイケルは、ポップス畑のアーティストには珍しい、破滅型の人物なんでしょうね。



でも、私は、自己破滅の道に、頽廃美を見出すことはできません。

ジョージ・マイケルには、さっさとそんな道からは足を洗ってほしいと願うばかりです。

ドラッグから足を洗うことができなければ、命が縮まるだけです。


いくらそのアーティストのことを擁護したいからといって、そのアーティストのすることなすことを全て容認してしまうのは、私には頷きかねる言説です。


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2006.10.05 Top↑
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