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今さら『yes』第4号の内容を話題にするのも、なんだか旬を外しているような観が、なきにしもあらずですが、9月16日に書いたエントリへの反響が、予想以上に長引いていたので、書くタイミングを失していました。

『yes』第4号のメイン記事は、アジアのレポートでした。

私は以前、このブログの2005年11月6日のエントリの中で、「Q.M.E.で紹介しているアジアのアーティストはフトンだけだ」、と書いたことがありました。

たぶん、日本以外のアジアの国々にも、オープンリーのLGBTのアーティストはいるだろう、とは思ってました。でも、他のアジアの国々のショー・ビジネス事情を、自分はよく知らなかったんですよ。これまで知っていたのはレスリー・チャンぐらいで、彼以外にもオープンリーのLGBTアーティストがいるのかどうかすら、ちゃんとつかめていなかったんですよね。

そんな自分にとって、『yes』第4号のアジア・レポは、とても参考になりました。



今回、このブログで紹介したいのは、『yes』第4号にインタヴューが掲載されていた、上海のジャズ・シンガー、COCO

私は、彼の名前を、『yes』を読んで初めて知ったんですが、彼は現在の上海のジャズ・シーンを牽引している人気シンガーなんだそうです。そして、ゲイであることをオープンにしているようです。




インタヴューを読んだかぎりでは、なかなかアグレッシヴな人のような印象を受けました。といっても、政治的にラジカルだという意味ではなく、強気な性格の人、という感じ。彼はインタヴューの中では「東洋人らしくないって言われることが多い」と述べているんですが、私の視点からすると、彼の価値観は、むしろ非常にアジア的に思えました。

『yes』のインタヴューの中から、幾つか私の印象に残った発言を引用してみます。

アーティストであることとゲイであることに何か関連はありますか?

あまりないな(笑)。僕という人間が表現する時、その一部としてゲイという要素はきっとあるでしょうね。感受性が強かったりするところはゲイ的といえるかもしれない。でも直接的には関係ないと思う。


作詞は同性愛について触れている?

あ、僕は恋愛の詩は書かないな。愛のために死ぬとか泣くとか、大嫌い。恋愛って他人と共感するのが難しくない? それからこれは東洋人的、もしくは中国人的な感覚なのかもしれないけど、愛は言葉以外で表現するものだと思う。そう、愛は語るものではなく、スル(メイクラヴ)もの(笑)。東洋人は「ママ、アイラヴユー」とか言わないしね。東洋人らしくないって言われることが多いけど、この部分だけはとっても東洋的なんだ。


中国ではカミングアウトするゲイは少ないし、ゲイであることを悩んでいる人が多いようですね。

本当に残念なことだね。中国では長い間、同性愛について話すことさえタブーだったからね。(中略)一方で僕は自分を「ゲイの人」ってカテゴライズすることは嫌い。誰でもいろんな面があるし、一部分だけ見て欲しくない。人は人の一部だけ見て判断するものだけどさ。だから、他人が自分をどう見るかは二の次。(後略)


これらのCOCOの発言の、どういった部分がアジア的なのかを説明しようとすると、やや漠然とした言い方しかできないんですが、要は、「オープンリー・ゲイのアーティストとしてのゲイ・プライドの在り方が、西洋のそれとは異質である」、ということです。

どうして異質になるかというと、それはたぶん、西洋と東洋では、ゲイに対する抑圧の表れ方が違うから、それに伴ってゲイ・プライドの表れ方も違ってくる、ということだと思います。

COCOのインタヴューの中では、「東洋人は『ママ、アイラヴユー』とか言わない」という発言がありましたが、その言葉の通り、東洋の文化に対する西洋の文化は、とにかく「自分の意志や主張を表に出す」ということを重要視するんです。言葉や表情、態度をフルに活用して自己主張することこそが、西洋(特にアメリカ)の社会生活においては、非常に重要なんですね。よく西洋人は、東洋人のことを「無表情で、何を考えているかわからない」と評しますが、これは西洋人が、表情や言葉で自分の主張をはっきりと行なうことこそが美徳だという文化を持っているからです。

だからこそ、ゲイへの抑圧も、西洋では非常に直接的に表現される。

同性愛を嫌悪する人々は、その嫌悪感をハッキリと言葉に表し、場合によっては権力すら行使します。

それに対抗する手段として、だからゲイ・プライドも、非常に直接的に表現されるのが、西洋のゲイ・カルチャーなんですね。同性愛への嫌悪・攻撃がハッキリと示されているからこそ、西洋のオープンリー・ゲイのアーティストたちは、それに対抗するために、ゲイ性を前面に出していると思うんです。



一方。

東洋の文化は、直接的な表現を好まない傾向があります。

日本に関して言えば、近年は「場の空気を読め」ということが、よく言われますよね? つまり、「言葉で表されていない部分こそが大事」という価値観が日本にはある、ということです。

言い換えれば、「肝腎なことは言葉には出さない」とか、「本音は口に出さない」という文化がある、ということでもあります。

だからこそ、日本における同性愛嫌悪の多くは、西洋のような直接的な表れ方はしません。面と向かって罵らない代わりに、無視したり距離をとったり、別の理由をつけて集団から排斥したり。

そのような同性愛嫌悪に対しては、ゲイであることを前面に出す西洋的なやり方は、必ずしもそぐわない。「ゲイであることは自認しつつ、それ以外のところで自分の社会的有用性や人品を認めさせることによって、ゲイであることは『何でもないこと』なのだということを立証して、社会に受け入れさせようとする」、それが東洋的なゲイ・プライドの在り方、なんだろうと思います。



そういったゲイ・プライドの在り方が、COCOのインタヴューからも読み取れるのではないか、と私は思いました。



オープンリー・ゲイのアーティストがアジアには少ないという現状は、単にアジアにおけるゲイの意識が低いから、などということではないのだと思います。先に述べたように、東洋ではゲイへの抑圧が西洋のそれとは異なった形で現れるから、ゲイ・プライドの表れも、必然的に西洋とは異なった形になる、ということも、大きく働いていると思うんですね。



とは言うものの。



オープンリー・ゲイのアーティストがアジアには少ないという現状は、やっぱり寂しいですね。

ゲイ同士の横の繋がりが希薄な地域であれば尚のこと、LGBTとして生きていくための見本・手本が欲しいという気持ちは、西洋と東洋の文化の違いには関わりなく、万国共通だと思うんですよ。

COCOのように、「ゲイであることはオープンにしていても、自分の音楽とゲイ性のつながりは否定する」というスタンスが東洋的であるとするならば、そういったスタンスのアーティストが、もっとアジアには多く出てきてもいいんじゃないかなー、と思うんですけどね。

でも、まあ、やっぱりCOCOも、例外的な存在なのかもしれませんね。

というのも、彼はジャズ・シンガーだから。

現代の音楽産業においてはジャズは決して主流ではないから、だからこそ彼は、ゲイであることをオープンにできるのかもしれない。

日本を除いた東アジアの諸地域の芸能産業は、たぶん、70年代の日本のように、「スター神話」みたいなものがまだ生きているんだと思います。つまり、それらの国や地域の芸能人たちは、プライベートが管理されていることによって、ファンに対して純然たる「憧れの対象」として機能している、ということ。70年代に青春時代を送っていたであろう世代の女性たちがペ・ヨンジュンを「ヨン様」と崇め奉ったのは、日本の芸能界からは既に失われている「スター神話」が、韓国ではまだ息づいているからだと思うんですね。プライベートが厳重に管理されているからこそ、誰にとっても「憧れの対象」であり得る、それが日本を除く東アジア諸国の芸能人なんじゃないか、と。

もしも本当にそうであるならば、東アジアの芸能界の主流に位置するゲイの人々が、性的指向をオープンにするという可能性は、現状では極めて低いかもしれません。

それをうかがわせるのが、同じ『yes』第4号に掲載されていた、韓国の俳優ホン・ソクチョンのインタヴューでした。

このインタヴューによると、ホン・ソクチョンは、2000年に女性誌のインタヴューでカミングアウトしたんだそうですが、そのおかげで、仕事が全くなくなってしまったんだそうです。

番組プロデューサー達が一気に電話してきて、「あれは本当か」ときき、答えたら番組出演が次々停止されて衝撃的だったよ。たったの5分で全てを失い、失業状態になって、人生180度変わったね。その後の2年間は、テレビの仕事は殆どなく、かなり辛かった。その間、たまにインタヴューを受け、あとはクラブでDJを務めたり、大学や軍隊で講演をしたりした。また、今のレストランも始めたけど最初の1年は、「そこにいるのを見られたらゲイだと思われる」という理由で誰も来てくれなく、赤字だったんだ。それで、2年以上経ってから、韓国で最も影響力のある脚本家にテレビドラマの俳優として採用されたんだよ。彼女が決めたことには誰も逆らえないから、復活できたんだ。それからは順調にいっているよ。(後略)


――なんか、凄まじいですね。この発言を読むかぎりでは、韓国にオープンリー・ゲイのアーティストが現れるのは、まだちょっと難しいような気がしました。

それともう一つ、ホン・ソクチョンのインタヴューで興味深かったのは、韓国出身のトランスジェンダーの女優兼歌手である、ハリスについて触れられていた箇所でした。

カミングアウトして失業状態だった1年、ハリスさんというトランスジェンダーが人気だったと読んでいますが、それは韓国ではトランスジェンダーの方が同性愛者より受け入れられているということなんでしょうか?

多分、ハリスさんのケースは特別だと思う。韓国は男性主義の強い国で、女性を物として扱っているんだよ。ハリスさんは女性の容姿で、しかもとても美しいから、男性は彼女を受け入れているんだよね。トランスジェンダーを受け入れるとかよりも、綺麗な女性だから好きなだけだと思うよ。


このホン・ソクチョンの分析は、日本の芸能界にもある程度は当てはまると思います。日本では、かつて『笑っていいとも!』がトランスジェンダーのかたたちを紹介するコーナーを設けていたことで、「ニューハーフ」という言葉が広まりましたが、このコーナーが人気を博した理由というのは、「男性なのにこんなに綺麗だなんて」という驚きが、視聴者の側にあったからだと思うんです。

裏を返せば、「綺麗じゃなかったら、出演はNG」だったはずなんです。

トランスジェンダーのかたが運営されているサイトを幾つか拝読させてもらったんですが、『笑っていいとも!』がトランスジェンダーの地位向上に一定の役割を果たしたことを認めているトランスジェンダーの当事者のかたは多いみたいです。

ただ、GIDに関するニュースを題材にして書かれているmixi日記も私はいくつかチェックしたんですが、「綺麗な人ならいいけど、綺麗じゃない女装は差別されても文句は言えない」みたいなことを書いている人も、いまだに存在しているんですよね。『笑っていいとも!』のあのコーナーは、そういった「容姿の美醜に基づく差別」を内在させていた、という見方も可能だとは思います。

いずれにせよ、ハリスの人気を分析したホン・ソクチョンの発言は、正鵠を射ていると思うし、その分析は韓国だけではなく日本にも当てはまるでしょうね。



最後に、関連サイトを幾つか紹介したいと思います。

沖電気工業株式会社のサイトの中に、COCOのインタヴューが掲載されています。

http://www.osts.com.cn/jp/essay_supercity200608.html

もちろん、ここではCOCOの性的指向についての話題は一切出てきません。あくまでも上海のジャズ・シーンの現在を伝える記事として書かれています。

それと、このサイトの中では、『yes』のインタヴューの中では一切語られていなかった、COCOが関わっているジャズ・バンド、Possicobilitiesも紹介されています。

http://www.osts.com.cn/jp/essay_supercity200602.htm



それと、朝鮮日報のサイトで、「ハリス」をキーワードに検索した結果のURLを、以下に掲載しておきます。これらのニュースを読めば、ハリスについての大まかな情報はつかめると思います。

http://search.jp.chosun.com/?c=sjis&q=%83n%83%8A%83X


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2006.10.26 Top↑
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