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初めてのかたは、以下にリンクしている「前書き」を、必ず読んでくださいねー。

LGBTミュージック TOP100 前書き

No. 100 - No. 91
LGBTミュージック TOP100 No.100 - No.91

No. 90 - No. 81
LGBTミュージック TOP100 No.90 - No.81

No. 80 - No. 71
LGBTミュージック TOP100 No.80 - No.71

No. 70 - No. 61
LGBTミュージック TOP100 No.70 - No.61

それでは、No. 60 - No. 51をどうぞ。


No. 60
R.E.M. / Everybody Hurts
(1993)

世界で最も有名な、そして最も強い影響力をもっているオルタナティヴ・ロック・バンド、R.E.M.のヴォーカリストが、マイケル・スタイプです。スタイプは2001年、ニューズウィーク誌のインタヴューに応えて、男性の恋人がいることをカミングアウトしています。ただし、彼は自分の性的指向を、ゲイやレズビアン、バイセクシャルといった、従来の区分には当てはめていません。彼は自らを、クイアーと定義しています。

女性にも性的魅力を感じるけれども、男性のほうにより強く魅かれている。だからといって、バイセクシャルという定義には自己同一性を感じない、というのがスタイプの性自認です。従来の区分は非常に限定的であり、そうした限定的な定義を行なうことで初めて自己同一性を見出す人もいるけれども、マイケル・スタイプの場合、彼の性的自己同一性は、もっと包括的なものであり、クイアーという包括的な言葉こそが、自分の性的自己同一性に最もふさわしい、としています。

「Everybody Hurts」は、R.E.M.の1992年のアルバム『Automatic For The People』からのシングルで、全米最高29位、全英最高7位を記録しています。ヒット・チャートでの成績はまあまあといった感じですが、楽曲の人気と評価は非常に高く、2003年には、このTOP100のNo.88のアレックス・パークスがカヴァーしている他、ザ・コアーズやポール・アンカなども、この曲をカヴァーしています。

"Everybody Hurts"
エヴリバディ・ハーツ
(1993)




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No. 59
張國榮/我
(2000)

香港の生んだスーパースター、レスリー・チャン。彼は2001年に『Time』誌のアジア・エディションで、バイセクシャルであることをオープンにしています。しかし、キャリアの当初においては、性的指向には口を閉ざしていました。

J-POPのカヴァー中心のアイドル歌手だったレスリーの転機となったのは、1993年に主演した映画『さらば、わが愛/覇王別姫』。カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したこの作品で、レスリーはゲイの主人公を演じています。これが高い評価を得たことで、彼は徐々に、性的少数者としての自分を解放していきます。1995年には、唐鶴という男性とのデート現場を香港のタブロイド紙にスクープされますが、1997年のコンサートで彼は、唐鶴のことを「母親の次に大事な人」と宣言し、彼との交際を、事実上、公のものとしました。

「我」は、レスリーが『Time』誌のアジア・エディションでカミングアウトする、その前年のアルバム『大熱』のオープニング曲です。アイドル歌手から真のアーティストへと自らを高め、本当の自分を少しずつ解放していったレスリーの、これはカミングアウト・ソングとも解釈できる内容をもっています。

"我"
(2000)


しかし、残念ながら、レスリーは2003年4月1日、香港のマンダリン・オリエンタル・ホテルの24階から空に舞い、自ら命を絶ちました。46歳でした。



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No. 58
Savage Garden / Truly Madly Deeply
(1997)

元サヴェージ・ガーデンのダレン・ヘイズは、昨年7月、公式サイト上でボーイフレンドとの結婚をファンに向けて報告し、ゲイであることをカミングアウトしました。現在の彼は、自身のMySpace Musicのページで、結婚相手のリチャード・カレンの写真も公開し、「こんな人と結婚できるなんて、僕って世界一の幸せ者じゃない?」と、堂々とノロケるまでになりました。

「Truly Madly Deeply」は、サヴェージ・ガーデンの最大のヒット曲で、本国オーストラリアと全米で1位に輝いた、'90年代のポップ・シーンを代表する、和みのバラードです。

より詳しいバイオグラフィーと、「Truly Madly Deeply」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
ダレン・ヘイズ バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 57
Freddie Mercury / I Was Born To Love You
(1985)

フレディ・マーキュリーの単独名義としては唯一のアルバム『Mr. Bad Guy』からのシングルです。当時は全英で最高11位を記録しました。

この曲は、フレディの没後、クイーンのアルバム『Made In Heaven』に、メンバーがバック・トラックを新しくレコーディングし直したヴァージョンが収録されました。これが日本のTVドラマ『プライド』の主題歌に使用されたため、この曲は、日本ではフレディのソロ曲としてではなく、クイーンの代表曲として、もっぱら知られています。

"I Was Born To Love You"
ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
(1985)




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No. 56
笹野みちる/お金を貯めよう
(1995)

1995年、著書『Coming OUT!』を上梓し、日本のメジャー・アーティストとしては初めて、レズビアンであることを公にしたのが、笹野みちるです。(うわー、敬称略で書くのがメッチャ失礼な気がするわー)

「お金を貯めよう」は、『Coming OUT!』と同時期にビクターエンタテインメントからリリースされたアルバム『GIRL MEETS GIRL』の収録曲です。このアルバムは、全編が、ゲイ女子によるゲイ女子のためのラヴ・ソング、メッセージ・ソングとなっています。

「お金を貯めよう」のヴィデオ・クリップは、当時からゲイ女子のあいだで大きな支持を集めていたミシェル・ンデゲオチェロの「If That's Your Boyfriend (He Wasn't Last Night)」の日本版、といった映像。ぜひ観比べてもらいたいんですが、残念ながら、実際の映像をお見せすることができません……。

とりあえず、『GIRL MEETS GIRL』は名盤です。マジで。



GIRL MEETS GIRL GIRL MEETS GIRL
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No. 55
Janis Ian / Society's Child
(1966)

元祖・天才少女、ジャニス・イアンの、1966年のデビュー曲です。異人種間の恋愛・結婚などは全くのタブーだった'60年代という時代に、当時でわずか15歳の少女が、黒人の少年と白人の少女の恋愛の歌を、自作して歌った(しかも曲自体はジャニスが12歳のときに書かれている)という事実は、アメリカで大きな議論を巻き起こしました。

その後のジャニス・イアンは、グラミー賞も受賞し、シンガー・ソングライターとしての名声を揺るぎないものにした一方で、二度に渡る結婚の失敗、破産、大病など、実に浮き沈みの激しい人生を送ります。しかし、どん底の時期を支えてくれた女性弁護士のパトリシア・シュナイダーと結ばれ、2003年、カナダで同性婚の挙式を行ない、レズビアンであったことをカミングアウトしました。

ちなみにジャニスは、日本のゲイ女子から厚い支持を受けているアンジェラ・アキの大ファンなんだそうです。

"Society's Child"
ソサエティーズ・チャイルド
(1966)


詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
ジャニス・イアン バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



Society's Child: The Verve Recordings Society's Child: The Verve Recordings
Janis Ian (1995/08/22)
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No. 54
Divine / I'm So Beautiful
(1985)

一連のジョン・ウォーターズ映画の主演俳優として、カルトを極めた存在でありながら、同時に世界的にメジャーなドラァグ・クイーン、ディヴァインの、1985年のヒット曲です。この曲は、特に日本のゲイ・ディスコで大きな支持を集め、日本ではディヴァインの代表作として知られています。

詳しいバイオグラフィーと、「I'm So Beautiful」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
ディヴァイン バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 53
Meshell Ndegeocello / Leviticus: Faggot
(1996)

マドンナが自らのアーティスト・レーベルとして主宰していたマヴェリックの第1号アーティストが、ミシェル・ンデゲオチェロでした。

マドンナのレーベルからのデビューということで、人々からは色眼鏡で見られかねない状況でしたが、ミシェルのアーティストとしての才能と実力は、そんな色眼鏡など吹き飛ばしてしまうほど本格的で、批評家筋からは絶賛され、グラミー賞の最優秀新人賞にもノミネートされるほどでした。

1996年のセカンド・アルバム『Peace Beyond Passion』からのシングルである、この「Leviticus: Faggot」は、ゲイへの偏見に抗する内容の曲で、アメリカのLGBTの音楽賞であるThe GLAMAs(The Gay & Lesbian American Music Awards)の、1997年度の Female Artist of the Year を受賞しています。

詳しいバイオグラフィーとヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
ミシェル・ンデゲオチェロ バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 52
Rufus Wainwright / The Maker Makes
(2006)

日本での知名度は今一つの観がありますが、欧米ではオープンリー・ゲイのアーティストとして高い評価を勝ち得ている、ルーファス・ウェインライト

クラシカルな雰囲気を漂わせているルーファスの楽曲のうち、日本人の耳に触れる機会が最も多かったはずの曲が、映画『ブロークバック・マウンテン』で、ウィリー・ネルソンの「He Was A Friend Of Mine」と共にエンド・タイトルで使用された、この「The Maker Makes」。映画の大ヒットに伴って、この曲も一躍有名となりました。

"The Maker Makes"
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No. 51
Sinead O'connor / Nothing Compares 2 U
(1990)

それまでは政治的に過激なスキンヘッドのロック・アーティストとして知られていたシネイド・オコナーが、突如として世界的に大・大・大ブレイクしたのが、この癒し系バラードの名曲「Nothing Compares 2 U」です。全英・全米を始めとして、世界各国で1位を記録しました。

この10年後、彼女はレズビアンであることをカミングアウトします。

シネイドの詳しいバイオグラフィーと、「Nothing Compares 2 U」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
シネイド・オコナー バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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続きは、また後日。


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2007.04.15 Top↑
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