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No. 30
Communards / Don't Leave Me This Way
(1986)

ブロンスキ・ビートを脱退したジミー・ソマーヴィルが結成した、コミュナーズの最大のヒット曲。全英のヒット・チャートで4週連続1位を記録し、1986年の年間チャートでも首位に輝きました。

コミュナーズの詳しいバイオグラフィーと、「Don't Leave Me This Way」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
ジミー・ソマーヴィル バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 29
Bronski Beat featuring Marc Almond / I Feel Love/Johnny Remember Me
(1985)

ジミー・ソマーヴィル在籍時代の、ブロンスキ・ビートの最後のシングル。ファースト・アルバム『The Age Of Consent』の収録曲です。ドナ・サマーのヒット曲「I Feel Love」と、ジョン・レイトンの「Johnny Remember Me」のメドレーとなっています。

シングル化に際しては、さらに同じくドナ・サマーのヒット曲「Love To Love You」の一節も加えられ、マーク・アーモンドをゲストに迎え、ゲイ・アーティスト同士のデュエット曲として再レコーディングが行なわれました。全英のヒット・チャートでは最高3位を記録する大ヒット曲となっています。

"I Feel Love/Johnny Remember Me"
アイ・フィール・ラヴ
(1985)


ブロンスキ・ビートの詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
ジミー・ソマーヴィル バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 28
Pet Shop Boys featuring Dusty Springfield / What Have I Done To Deserve This?
(1987)

長きに渡る低迷と、アルコール依存症で苦しんでいたダスティ・スプリングフィールドが、再びヒット・チャートに返り咲くきっかけとなったのが、この「What Have I Done To Deserve This?」の大ヒットでした。

かねてからダスティを敬愛していたペット・ショップ・ボーイズの2人が、ダスティに共演を申し込んだことから実現した、このデュエット曲は、全英と全米で、共に最高2位を記録しました。特に全米では、この曲はダスティ最大のヒット曲となりました。

"What Have I Done To Deserve This?"
とどかぬ想い
(1987)


ペット・ショップ・ボーイズの詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
ペット・ショップ・ボーイズ バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 27
Meshell Ndegeocello / If That's Your Boyfriend (He Wasn't Last Night)
(1993)

のちにバイセクシャルであることを公にしたミシェル・ンデゲオチェロは、既にデビュー当時からレズビアンの大きな支持を集めていました。彼女の代表曲でもある、このデビュー曲「If That's Your Boyfriend (He Wasn't Last Night)」のヴィデオ・クリップは、日本の笹野みちるにもインスピレーションを与えました。

"If That's Your Boyfriend (He Wasn't Last Night)"
ユア・ボーイフレンド
(1993)


ミシェル・ンデゲオチェロの詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
ミシェル・ンデゲオチェロ バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 26
Patrick Cowley and Sylvester / Do You Wanna Funk
(1982)

エレクトロニック・ダンス・ミュージックのパイオニアであるパトリック・カウリーは、黒人ゲイ・ディスコ・シンガーのパイオニアであるシルヴェスターとのコラボレーションによって、その名声を確立しました。

1970年代末のディスコ・ブームが急速に過ぎ去ってからしばらくのあいだは、シルヴェスターはディスコ・ミュージックからは離れていましたが、やがてパトリック・カウリーの主宰するメガトン・レコードに移籍。カウリーとの共同名義で発表した「Do You Wanna Funk」で、再びディスコ・ミュージックに回帰しました。「Do You Wanna Funk」は、のちのハイ・エナジーの原型になったとも言われています。

"Do You Wanna Funk"
ドゥー・ユー・ワナ・ファンク
(1982)


なお、パトリック・カウリーは、「Do Ya Wanna Funk」のリリースと同年の1982年、エイズによる合併症で急逝しています。

シルヴェスターの詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
シルヴェスター バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 25
Erasure / A Little Respect
(1988)

イレイジャーの1988年のサード・アルバム『The Innocents』からのシングル曲で、全英で最高4位、全米で最高14位を記録しています。

「1位になってもおかしくなかったのに、1位を獲得できなかった名曲」として人々から認知されているヒット曲は、どこの国にも必ずありますが、イギリスにおいては、イレイジャーの「A Little Respect」が、そうした類の名曲の1つとして、広く認知されています。

基本的には一対一のラヴ・ソングなのですが、「ほんの少し、僕を受け入れてさえくれれば、僕らは争わずに、穏やかに生きていける」というこの曲のメッセージは、性的少数者であるアンディー・ベルからマジョリティへと向けられた、LGBTとストレートの共存の呼びかけでもあります。

イレイジャーの詳しいバイオグラフィーと、「A Little Respect」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
イレイジャー バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 24
R.E.M. / Losing My Religion
(1991)

アメリカの大学の多くは、FMラジオ局を有しています。そこで支持されている音楽は、主流のロック・シーン、つまり、より幅広い層をターゲットにしているポピュラー音楽とは、一線を画していました。カレッジ・ラジオの影響力は、やがて全米のロック・シーン全体に大きな影響を及ぼすようになり、カレッジ・ラジオで支持されたバンド群は、オルタナティヴ・ロック、つまり主流のロックに取って変わるロック、と呼ばれるようになります。

それらオルタナティヴ・ロック・バンドの中で、最も強い影響力を持っているのが、マイケル・スタイプ率いる、R.E.M.です。オルタナティヴ・ロックは、それが主流になってしまった時点で、真の意味でのオルタナティヴではなくなってしまうという矛盾を抱えていました。その矛盾に、ニルヴァーナのカート・コベインなどは非常に苦悩していましたが、R.E.M.は、どれだけビッグ・ネームになろうとも、常にオルタナティヴであり続けている、稀有なバンドです。

「Losing My Religion」は、R.E.M.のメジャー移籍第2弾アルバム『Out Of Time』からのファースト・シングルで、全米で最高4位を記録しました。この曲と『Out Of Time』の大ヒットによって、R.E.M.はメガ・スターの領域に足を踏み入れました。

「Losing My Religion」の中で歌われているのは、いわゆる破戒ですが、その破戒の中身は、歌詞の中で明言されているわけではありません。しかし、これを聴いた欧米のゲイのリスナーの多くは、この曲をカミングアウトの歌として解釈しました。

そして、この曲の大ヒットから10年後の2001年、マイケル・スタイプは雑誌のインタヴューに応え、同性愛をカミングアウトしました。

"Losing My Religion"
ルージング・マイ・レリジョン
(1991)




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No. 23
Dana International / Diva
(1998)

長い伝統を誇る、世界最大規模のポップ・ミュージックの祭典、ユーロヴィジョン・ソング・コンテストに、イスラエル代表として1998年に出場したのが、ダナ・インターナショナルでした。彼女はユーロヴィジョン始まって以来の、トランスジェンダーの参加アーティストでした。

イスラエル国内では既に圧倒的な成功を収めていたにもかかわらず、トランスジェンダーへの偏見に阻まれ、彼女は小さい頃からの夢であったユーロヴィジョンへの切符を、なかなか手にすることができませんでした。しかし、1998年、ついにダナはイスラエル代表としてユーロヴィジョンに出場し、しかも優勝を果たします。これにより、ダナ・インターナショナルはトランスジェンダーの歌手のパイオニアとして、その名を全世界に知らしめることとなりました。

"Diva"
(1998)


ダナ・インターナショナルの詳しいバイオグラフィーは、こちらでどうぞ。
ダナ・インターナショナル バイオグラフィー(Queer Music Experience.)



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No. 22
Bronski Beat / Why?
(1984)

「Why?」は、ジミー・ソマーヴィルの在籍していたブロンスキ・ビートの、セカンド・シングルです。田舎町に暮らすゲイの少年の苦境と悲哀を歌ったファースト・シングルに続いて、このセカンド・シングルでは、アンチ・ゲイの人々を真向から批判しています。全英で最高6位を記録するヒットとなりました。

ブロンスキ・ビートの詳しいバイオグラフィーと、「Why?」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
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No. 21
Elton John with George Michael / Don't Let The Sun Go Down On Me
(1991)

エルトン・ジョンの大ヒット曲「Don't Let The Sun Go Down On Me」をライヴで熱唱するジョージ・マイケル。1コーラス歌い終わったところで、エルトン・ジョンがサプライズ出演。突如として実現した夢のデュエットに、オーディエンスは熱狂します。

このライヴの模様は、そのままシングル化され、1991年、全米と全英で、共にNo.1ヒットとなりました。そして、このシングルの大成功が、のちにk.d.ラングやル・ポールといった豪華メンバーを招いて製作された、1994年のエルトンのデュエット・アルバム『Duets』のアイデアへと繋がっていきます。

エルトン・ジョンの詳しいバイオグラフィーと、「Don't Let The Sun Go Down On Me」のヴィデオ・クリップは、こちらでどうぞ。
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続きは、また後日。


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2007.04.17 Top↑
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