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去る12月15日、日本のインディーのLGBTシンガー・ソングライター、sola ちゃんがオーガナイザーを務めるLGBTのアコースティック・ライヴ・イベント『ソラニワ』の記念すべき第1回目に行って参りました。

とっても素敵なライヴ・イベントでした。

「ソラニワ」フライヤー
『ソラニワ』のフライヤー


出演者は、SEKI-NE大吾藤本大祐sola(出演順、敬称略)。

さて、その『ソラニワ』についてあれこれ語り始める前に、sola ちゃんが自身のブログの中で『ソラニワ』の開催について語った言葉を、以下に引用したいと思います。とっても素敵な言葉だと感じたので。(sola ちゃん本人から許可を貰っています。)
「ゲイのミュージシャン」は世の中に大勢いらっしゃ(る筈だと思)いますが、「ゲイ・ミュージシャン」は非常に少数、だと思います。どっちがいいとか悪いとかではなく。僕が活動を始めた頃と今とでは、随分周りの顔ぶれも変わってきていますが、それと同時に「ゲイ・ミュージシャン」の数も少なくなってきた、ような気もしています。音楽とセクシュアリティはカンケイない、音楽がよければいいじゃん、というスタンスの意見を、そこここで耳にするようにもなりました。や、それも確かに真実で、僕もそう思わないことはない。のですが。


とあるライヴハウスにて、ゲイ・コミュニティではおそらく初の規模となる、ゲイ・ミュージシャンによるライヴ・イベントが行われたあの日。僕は残念ながらステージに立つことはできなかったけれど、きっとこの場でなければ歌えないうたをずっと歌いたかった人々や、きっとこの場でなければ聴けないうたをずっと聴きたかった人々が、そこにはたくさん、いてくれました。それはもしかしたら青臭くて、カッコ悪かったかもしれないけれど、「どうしても歌わずいられない」という、何か熱のようなものがそこにはあって。僕にとっては紛れもなく、ずっと探していた場所、だったんです。(あら、ワタシの「ララバイ」といううたの歌詞とおんなじだわ、とえげつなく宣伝してみたりする)


音楽とセクシュアリティはカンケイ「ある」、そういう場所で、もう一度うたってみたいと思っているんです。


ずっと、僕が次にやろうと思っていたこと。
たぶん、僕が次にやらなければいけないこと。
やっと、かたちにしたいと思っています。
きっと、端から見れば何も変わらないように見えたとしても、
僕の中ではこれが最初の一歩となりますように。

※sola ちゃんの公式ブログは、以下のリンクからどうぞ。
http://solascape.cocolog-nifty.com/


sola ちゃんは、たぶん頑固な人です。もちろん良い意味で。

そして、「美しいこだわり」を、いくつも持っている人です。

流行とか周囲の流れとか、そういった浮ついた移ろいゆくものに振り回されることなく、自分のこだわりを形にして、貫いていく人です。



それが大きく花開いたのが、この『ソラニワ』です。



sola ちゃんがライヴでアコースティックのスタイルにこだわっているのは、たぶん、歌詞の内容をちゃんと聴いてほしいからだと思う。



ライヴ当日の sola ちゃんは、以前から患っていた風邪が治り切っていなくて、曲によっては声の出なかった箇所がありました。歌詞を伝えるという部分にこだわりを持つ sola ちゃんとしては、それは痛恨の極みだったと思うし、オーディエンスにとってもそれは残念なことではあったけれども、でも今回のライヴが非常に創造性に富んだ、意欲的なものであったことは、観た人すべてに伝わっていると思います。それは断言できる。

素晴らしいライヴだったんです。

今回の sola ちゃんのパフォーマンスは、sola ちゃん自身がオーガナイザーだったからこそ、「オーガナイザーに呼ばれました、歌いました、どうもありがとうございました」というだけのものでは全然なくて(そういう雰囲気って、やっぱり観ていてわかるんですよね)、sola ちゃんの表現欲、つまり「こういうことがやりたい、こういう歌を歌いたい」という、sola ちゃんのアーティストとしてのベクトルと、LGBTミュージックへの愛とこだわりが全編に満ち溢れていて、パフォーマンス全体が1つの作品として、そこに存在していました。

んでもって、sola ちゃんのアーティストとしての風格が、これまでのライヴとは桁違いでした。

マジで。

sola ちゃんがステージに出てきたときなんか、「ついに大御所キターーーーーー!」みたいな感じでした。これはゼッタイに藤嶋の主観なんかじゃないはず。今回の『ソラニワ』を実際に観た人だったら、絶対みんな、藤嶋の意見に同意してくれるはず。

自分は以前、sola ちゃんの「beautiful」を初めて聴いたときに、「これは sola ちゃんの最高傑作!」と絶賛したら、sola ちゃんからは「自分はまだこれからも曲を書いていくんだから、あくまでも『現時点での最高傑作』だと言ってくれ」と釘を刺されたことがあるんだけど(笑)、新曲「ソラニワ」は、まさにそうした sola ちゃんの言葉を裏付ける曲でした。

※ちなみに、私が初めて sola ちゃんの「beautiful」を聴いた時のライヴ・レビューは、
以下のリンクからどうぞ。
NAGOYA LESBIAN & GAY REVOLUTION 2005 ザット・ベスト10
(Queer Music Experience.)


事前に公開されていた歌詞を読んだ時点で、藤嶋は「ソラニワ」の内容に激しく共感していたんですが、楽曲としての「ソラニワ」を聴いたら、もー共感どころじゃ済まなかった。

「これは俺のための歌だっ!」っていうくらい、藤嶋の心とグルーヴにピッタリとフィットする曲でした。

藤嶋がLGBTミュージックに求めているものが、「ソラニワ」という楽曲の中には、すべてあったんです。

sola ちゃんは、藤嶋にとっての理想のLGBTミュージックを、また1つ生み出してくれました。

素晴らしい曲です、「ソラニワ」。

「ソラニワ」のパフォーマンスが終わったとき、オーディエンスからの拍手は、いつまでも鳴り止もうとはしませんでした。

その事実は、「ソラニワ」という楽曲がどれだけオーディエンスの心を揺さぶったのかということを、実に雄弁に物語っていると思います。

※「ソラニワ」の歌詞は、以下のリンク先からどうぞ。
手書きの文字の温かみにこだわっている sola ちゃんの、
手書きの歌詞カードがここで読めます。
http://solascape.cocolog-nifty.com/photos/works/solaniwa.html


ちなみにですね、なかなかCDを出してくれない sola ちゃんに向かって「早くCD出せ」と言うのはNGだそうですが(笑)、「beautiful」とか「ソラニワ」のような作品を作り出すたびに、そのNGワードを唱える声はますます高まっていくっつーことは、よーく覚えといてね、sola ちゃん(笑)。







んでもって、大吾ちゃん。

※大吾ちゃんがヴォーカリストを務めるユニット、
大吾yのバイオグラフィーも、ぜひ参照してくださいね。
大吾y バイオグラフィー
(Queer Music Experience.)


さて、今回の大吾ちゃんのパフォーマンスは、故・春日亮二へのトリビュートの意味合いも強いものであったということは、特筆しておきたいです。

春日亮二は、日本のインディーのLGBTミュージック・シーンの黎明期を大きく牽引した、genetic LOAD PROJECT の中心人物だった人です。

春日亮二の本業は、オープンリー・ゲイの実業家です。彼のゲイ・コミュニティーにおける最大の業績の1つは、有限会社スタジオスタッグの社長として、日本初のゲイ向け有料BBSを成功させたことだと思います。

それだけではなく、当時のパートナーのかたと養子縁組という形で入籍して、人前式の結婚式を挙げた様子がゲイ雑誌で取り上げられたり、あるいはHIV陽性であることをゲイ・メディア上で公表するなど、いろいろと話題の多い人物でした。

そして春日亮二は、1998年頃から徐々に盛り上がりを見せていた日本のゲイ・インディーズ・シーンにも参画します。ヴォーカリストの NAOYUKI と共に genetic LOAD(後に genetic LOAD PROJECT に名義を変更)を結成して、常に「ゲイであること」に大きくこだわったハイ・クオリティーな楽曲を次々に発表していきました。genetic LOAD PROJECT は、日本のインディーLGBTミュージック・シーンの基礎を作り上げたユニットであり、シーンのトップランナーでした。

その春日亮二が、先月の7日、肺炎で亡くなりました。

37歳でした。



実際のところ、自分はまだ、春日亮二が亡くなったという事実を自分の中で消化し切れずにいます。だから、彼の死について、これまでブログで何かを書くことができませんでした。知り合いが亡くなったというショックももちろんなんだけど、「強くリスペクトしていたアーティストがこの世からいなくなってしまった」という喪失感から脱却することがどうしてもできなくて、その喪失感と未だに折り合いがついていません。

だから、正直なことを言えば、彼を語り継いでいくための言葉が現時点ではうまく見つからないというのが現状です。

ただ、彼を語り継いでいくのに必要な作業として自分が考えているのは、彼が genetic LOAD PROJECT として音源化していた作品を後世に残していくだけではなく、まだ音源化されていない楽曲群も、ちゃんと形にして残していく必要がある、ってことなんですよね。

大吾ちゃんというアーティストは、それを実践してくれているんです。

大吾ちゃんがシングルとして先月にリリースしたばかりの「Take the deep breath」は、春日亮二が genetic LOAD PROJECT 解散後に書いた曲で、彼の手になる音源化は、最期までされませんでした。しかし、大吾ちゃんが以前にこの曲をライヴでカヴァーした際、それを聴いた春日亮二が音源化を薦めたことによって実現したのが、大吾ちゃんヴァージョンの「Take the deep breath」。

つまり、ある意味では、春日亮二の遺作でもあるんですね。

自分はそう思う。

これを書いている今も、自分の部屋で大吾ちゃんの「Take the deep breath」がずーっとリピート演奏されているんだけど、春日亮二の書いた曲とヴォーカリスト大吾の相性は、本当に素晴らしい。

春日亮二の峻厳な世界観と、大吾ちゃんの誠実さに満ちた温かくて優しくて美しいヴォーカルが1つに溶け合った、極上のバラードです。

「Take the deep breath」
「Take the deep breath」ジャケ写


「Take the deep breath」については、ディスク・レヴューも Q.M.E.本編のほうで追々書きたいんだけど、先にここで大雑把に書いちゃうと、この曲って明らかに、genetic LOAD PROJECT の唯一のアルバム『SOUL & SYSTEM』のタイトル曲「SOUL AND SYSTEM」の「その後」が描かれているナンバーなんだよね。

genetic LOAD PROJECT の楽曲群っていうのは、HIV陽性を公表した春日亮二のパーソナルな克己のドラマが、やがては「僕たち(=同性愛者)」と「他者(=異性愛社会)」の二項対立のドラマへと変化していって、その二項対立が「SOUL(=人間性)」と「SYSTEM(=社会機構)」という全社会的なものへと移り変わったところで終わってるの。

で、その続きが、「Take the deep breath」を始めとする、未CD化作品群の中で描かれているんだよね。

※genetic LOAD PROJECT の楽曲については、
Queer Music Experience.本編のほうで、
全ディスク・レヴューを以前に書いています。
そちらも是非読んでみてください。
genetic LOAD PROJECT 全ディスク・レヴュー
(Queer Music Experience.)


もちろん大吾ちゃんには、春日亮二が遺した曲以外のオリジナルもどんどん歌っていってもらいたいし、今回のライヴでも披露したカップリング曲「君の特別に」は、大吾ちゃんの新境地だと思う。こういう爽やかで軽快な曲も、大吾ちゃんには似合ってる。

大吾ちゃんのこれからについては、ライヴが終わったあとに大吾ちゃん本人と新宿二丁目のバー『メゾフォルテ』で散々語り合ったので、それは「内輪の話」っつーことで、ここでは割愛。

とにかく、大吾ちゃんの新作「Take the deep breath」は必聴。

1人でも多くの人に聴いてもらいたいです。

CDヴァージョンのほうは、桃丘夏朗さんがアレンジを手がけているんだけど、バスドラが心拍音に見立てられていて、たったそれだけのシンプルなアイデアが、痛いほど突き刺さってきます。







さてさて、sola ちゃんと大吾ちゃん以外の2組、SEKI-NE くんと藤本大祐くんについては、彼らのパフォーマンスを観るのはこれが初めてではないのですが、藤嶋が sola ちゃんや大吾ちゃんのライヴを観てきたほどには、SEKI-NE くんや藤本くんのライヴは本数を観ていないので、これまでの変遷みたいなものを事細かに書くことはできません。

ただ、自分が前回観た SEKI-NE くんや藤本くんのパフォーマンスと比較すると、これはあくまでも藤嶋の目から見ての話なんですが、2人とも印象が全然変わっていたんですよね。もはや別人というか。

といっても、アーティストとして変化したというよりも、ごく単純に、この数年のあいだにグンと力をつけた、という感じ。

若さって素晴らしい(笑)。

なにしろ、自分が SEKI-NE くんのパフォーマンスを最後に観たのは、2003年12月6日の『GLAP2003』。このとき SEKI-NE くんはバックコーラスとして出演しています。そして、私が藤本くんのパフォーマンスに最後に触れたのは、移転前の Future Nature Valve を会場に開かれた、2005年8月13日の TLGP2005 G-men フロートのアフター・パーティー。

※参考までに、私が書いた『GLAP2003』のライヴ・レヴューは、
以下のリンクからどうぞ。
GLAP2003
(Queer Music Experience.)



『GLAP2003』での SEKI-NE くんは、あくまでもバックコーラスだったので、リードヴォーカルとしての SEKI-NE くんの歌声に接したのは、今回の『ソラニワ』が初めてでした。

すんごいイイ声してます。SEKI-NE くん。

ハスキーで、それでいて伸びやかで、どことなく憂いを感じさせるものがあって。

今回の『ソラニワ』でのパフォーマンスは、カヴァー曲が中心だったんだけど、どれもミスマッチな選曲のようでいて意外なほどのハマりっぷりを見せてくれてました。どれも聴いてて気持ち良かったです。

荒井由実の「そのまま」とか、UA の「スカートの砂」とか。

「そのまま」については、もう完全に自分のものにしてる感じでした。

たぶん、かなり歌いこんでる曲なんだろうなー。

1曲目に歌った「Fly me to the moon」では、今回のライヴのトップ・バッターだったということもあってか、ちょっと萎縮してるみたいな雰囲気があったんだけど、パフォーマンスが進むにつれてどんどん声が出てきて、「スカートの砂」のパフォーマンスあたりになると、サポート・ミュージシャンのかたがたの存在に力を得たって感じで、すごく気持ち良さそうに歌っていたのが好感度大でした。

若いってうらやましい(笑)。



それから、藤本大祐くん。

2005年8月13日の G-men フロートのアフター・パーティーで彼のパフォーマンスを観たときの印象は、「しっとり系の人」「淡々とした作風の人」というものでした。確か藤本くんは当時で二十歳前後だったと自分は記憶しているんだけど、その繊細な作風は、藤本くんの若さを考えるとむしろ意外なもので、藤本くんが自分の年齢をMCで口にしたとき、アフター・パーティーに集まっていた G-men フロートの一般の参加者のみなさんが彼の若さに激しく動揺していたのが、今でも忘れられません(笑)。

で、久しぶりに観た藤本くんのパフォーマンスを観て思ったのは、この数年間で彼は相当な本数のライヴをこなしてきたんだろうなー、と。

2005年8月のときと比べると、段違いにこなれてるんですよ。

ありとあらゆる全てが。

作風もヴォーカルも、ただ繊細なだけじゃなく、激しいまでに緩急がつけられていて、格段にエモーショナルでした。

これだけこなれていて、それでいて充分に若いんだから、これからもまだまだどんどん変化して、表現が豊潤になっていくんだろうなー。

ああ、若いってうらやましい(笑)。

2枚のCDも、しっかりと購入させていただきました。







なんつーか、若さをうらやんで終わるライヴ・レヴューっつーのもどーよ? ってな感じではありますが(笑)、まあとにかく、これにて『ソラニワ』観覧記は終了でございます。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございましたー。m(_ _)m



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2007.12.24 Top↑
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