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4月18日付のエントリで紹介させていただいたガックリ・カヴァー曲ブログの管理人(というご紹介の仕方もアレかとは存じますが:笑)である hina さんとは、作家の伏見憲明さんがマスターを勤めていらっしゃる、通称「Fメゾ」にて、よくお会いいたします。

その「Fメゾ」の席で hina さんから教えていただいたのが、1980年代中期のアメリカのハード・ロック・バンド、キング・コブラのヴォーカリストであったマーク・フリーが、性適合手術を受けて現在では女性ロック・ミュージシャンのマーシー・フリーとして活動している、という情報。この話は、藤嶋にはちょっとした衝撃でした。

というのも、ハード・ロック、あるいはヘヴィ・メタル界のLGBTアーティストというと、藤嶋の知る限りではジューダス・プリーストのヴォーカリストのロブ・ハルフォードぐらいしかこれまでは思いつかなかったので、ましてやMtFのアーティストがハード・ロック界に存在していたという事実は、正直なところ、藤嶋には意外でした。これがパンク・ロックの場合なら、既に Queer Music Experience.本編でバイオグラフィーを掲載しているジェイン・カウンティを筆頭に、MtFのミュージシャンは何組か存在しています。パンク・ロックという音楽はカウンター・カルチャーであることこそがその基本性質ですから、既存の価値観を打ち破らんとする部分において、LGBTカルチャーとの親和性は実は意外と高いのですが(トム・ロビンソンがまさにその好例ですよね)、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの分野で活躍しているオープンリーのLGBTミュージシャンとなると、これはもう本当に少数です。

80年代のハード・ロック/ヘヴィ・メタルは、そのヴィデオ・クリップの多くが、グラマラスな美女の悩殺映像をフィーチャーしています。それだけを根拠にして、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルは男尊女卑的な音楽だと決めつけるのは、これもまた偏見の一つに他ならないとは思うのですが、やっぱり一般的なポップスと比べたときに、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルにはマッチョな指向性があるのは、ある程度は否めない事実だと思うんですよね。あくまでも相対的に見ての話ですが。

心と体の性が一致しない苦しみを抱えながら、マッチョな指向の強いハード・ロックの世界に身を置いていたマーク・フリー。それがマーシー・フリーという本来あるべき自分を生きることができるようになるまで、いったいどれほどの葛藤を、彼女は経てきたのでしょうか。



キング・コブラの代表曲として最も有名なのは、1986年の映画『アイアン・イーグル』の主題歌「Iron Eagle (Never Say Die)」ではないかと思います。この曲のヴィデオ・クリップは、当時の日本の洋楽番組でも比較的頻繁にオンエアされていたように記憶しています。一聴しただけで覚えられる親しみやすいサビを持った佳曲です。



"Iron Eagle (Never Say Die)"
アイアン・イーグル~ネヴァー・セイ・ダイ
(1986)




ちなみに、映画『アイアン・イーグル』とはどういう作品なのかというと、中東で敵の捕虜となってしまった空軍パイロットの父親を救出するため、18歳の少年が F-16戦闘機に乗って敵地に飛び込んでいくという、良くも悪くも非常にアメリカ的、80年代的な設定のアクション映画です。教官役のルイス・ゴセット Jr.はキング・コブラのヴィデオ・クリップにも顔を出しています。戦闘機の空中アクションが目玉となっている点で、あたかもトム・クルーズ主演の映画『トップ・ガン』の後追いであるかのようにも見えますが、実際には『アイアン・イーグル』のほうが『トップ・ガン』よりも公開が数ヶ月ほど先行しており、『トップ・ガン』からの影響は全くありません。

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さて、この「Iron Eagle (Never Say Die)」は、映画『アイアン・イーグル』サントラ盤だけではなく、キング・コブラのセカンド・アルバム『Thrill Of A Lifetime』にも収録されています。今日の基準から言うと、この曲の音作りはハード・ロック的というよりも、むしろソフト・ロック寄りに聴こえます。マーシー・フリーのインタヴュー記事のURLを hina さんから教えていただいたので、それを読んでみたのですが、確かにこの曲のレコーディングにあたっては、より商業性を意識した、AOR的な音作りが行なわれたようです。

マーシー・フリーのインタヴュー記事(英語)
http://www.melodicrock.com/interviews/marciefree.html


このインタヴュー(収録はチャットで行なわれたようです)に拠ると、キング・コブラのファースト・アルバム『Ready to Strike』の売り上げは5万枚。商業的には成功作とは言えず、バンドを今後も継続させていくためにも、ここはなにがなんでもヒット曲を生み出さなければいけないというビジネス面からの要請が、この「Iron Eagle (Never Say Die)」のレコーディングの背景にはあったようです。

こうしたAOR寄りの音作りが功を奏し、「Iron Eagle (Never Say Die)」はラジオやMTVでのオンエアを獲得しましたが、しかし所属レーベルのキャピトル・レコードが期待したほどの大きな数字を売り上げることはできませんでした。そうしたビジネス上の問題に加えて、バンドの今後を巡ってメンバー間の音楽性の違いもここで大きく浮上し、最終的にマーク・フリーは、キング・コブラからの脱退という道を選びます。(他にも、ギターのミック・スエイダとベースのジョニー・ロッドがやはりこの時期に脱退しており、1988年のサード・アルバム『King Kobra III』では、メンバーが大幅に入れ替わっています)

その後のマーク・フリーは、約3年に渡って、デモ・テープのレコーディング専門のスタジオ・シンガーとして生計を立てていましたが、やがてシグナルというAORバンドにヴォーカルとして参加。1990年に『Loud & Clear』というアルバムをリリースしていますが、すぐに脱退。そして1992年には、新たに結成したアンルーリー・チャイルドというバンドを率いて、セルフタイトルのデビュー・アルバムをインタースコープ・レーベルから発売しています。

その翌年に、初めてのソロ・アルバムとなるライヴ盤『Long Way from Love』を発売。そして性適合手術を経て、1996年にはマーク・フリーとしてではなく女性アーティストのマーシー・フリーとして、セカンド・ソロ・アルバム『Tormented』を発売しています。

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さて、マーク・フリーがいったいどのような葛藤を経て、マーシー・フリーとしての人生を歩み出したのかについては、上にリンクを張ったインタヴュー記事の中でも語られていたので、その部分翻訳をここに掲載することにしました。みなさんもぜひ読んでみてください。

GIDの当事者であるマーシーにとっては、私が先に述べた、ハード・ロックのマッチョな指向性が云々という話の以前に、GIDであるという事実だけで既に充分、その苦しみは耐え難いものであったのです。

だから、仮に彼女が取り組んでいた音楽がハード・ロックではなく、当たり障りのないただのポップスであったとしても、彼女の苦しみは、決して軽減などはされなかったと思います。

そして、性適合手術を受けるかどうかの決断は、生きるべきか死ぬべきかの決断と、全く同義だったのです。

それでは、インタヴュー記事の部分翻訳です。

音楽についての話をお伺いしてきましたが、音楽の背景にある個人の問題についてのお話が、まだ残っています。
当時から気にかかっていたことで、いま振り返ってみてもなお、非常に強烈に感情を揺さぶられるのが、このアルバムのライナー・ノーツの謝辞にあなたが記した、「人生が最も暗い闇に覆われていた時代に、困難に耐え抜き、生き延びる力を私に与えてくれた、すべての人々へ」という言葉です。
あなたにとって、物事はどれほど真暗闇になってしまっていたのでしょうか?


あるがままの私を生きていくかわりに、天に召されることを望んでもよかったのであれば、私はそうしていたと思う。実際のところ、私には自傷するだけの勇気がこれっぽっちも無かった。でも、自傷しようと考えたことは何度もあった。

どのようにお伺いしたらいいのか、なかなか言葉が見つからないのですが、あなたがくぐり抜けてきたこの10年がどのようなものであったか、私には想像の端緒すらつかめません。
文字通り、あなたにとっては死ぬか生きるかの選択であった性転換を決意した当時の、あなたの発言を読んだことがあります。生きるという選択は、あなたにとって、想像の及ぶ限り最も辛い決断だった、と。


ええ、とても辛かった。でも、私の考えの及ばなかったところで、とても価値のある選択だった。

まだあなたにはその決断を下すだけの勇気があったということですよね……。

勇気というか、自暴自棄? 私には選択肢がなかったんだと思う。マークとして人生を送り続けていたら、私は間違いなく死んでいたでしょうね。

唯一の脱出口は、あなたが選んだような道なのだという結論に至ったのは、どの段階でしたか? あえてお伺いしますが、あなたの選択を友人や家族に告げるのは、どのくらい辛かったですか?

私は、もう一度男であろうとして、ローリー・リチャードソンという綺麗な女性と、深い恋に落ちたの。彼女はとても才能のある、ロック・ラジオの女性パーソナリティで、今でもそう。私たちは1989年の6月24日に結婚して、わずか2年で離婚した。私のジェンダーの問題が原因でね。離婚は時間の問題なんだってことはわかってた。前から何度も言っているように、私がいったんカムアウトしたとたん、親しかった友人たちの多くが私のもとから離れていってしまった。元妻のローリーもそう。でも、家族は今でも私のそばに寄り添ってくれている。神に感謝しなければね。

あなたが当時結婚していたことは聞いていましたが、それがひどい結末に終わってしまったことはお気の毒です。

ローリーは、私の人生で最後のラヴ・アフェアの相手で、これから先もずっとそうでしょうね。私とは一緒にいられないという道を彼女が選んだのは事実で、そのことで彼女を責めることができないのはわかってる。でも、いまだに彼女が私と口を利いてくれないことや、何の関わりも持とうとはしてくれないことを思うと、本当は私のことなんか愛してはいなかったんだと信じたくもなってしまうし、そのことでとても傷ついてる。

多くの人があなたの味方にはなってくれなかったことは、事実として知っています。しかし、あなたを支えてくれた人たちだっていました。そうした人たちからの支えは、あなたにとってどれほど大切なものだったのでしょうか? そして、あなたを支えようとはしなかったことにあなたが驚かされ、傷つかされた人々というのもあったのでしょうか?

この世には3種類の人たちがいるんだということを、あの時期に私は学んだ。好意を寄せてくれる人たちと、嫌悪する人たち、そして無関心な人たち。私を嫌う人たちがいるってことを認めるのは辛かったけど、それと同じくらい、私はいつでも愛される人間なんだと考えるのも難しかった。私を好きでいてくれる人たちへと意識を向けて、そうでない人たちのことはあまり心に留めないようにしなければいけなかった。

人生を変えてから数年のあいだ、あなたは音楽産業の世界から、あなたがティーンエイジャーであったころからずっと関わってきた世界から、追放されたように感じましたか?

ええ、最初はね。でも、いずれにせよ、そこから身を引くことが私にはベストだった。

確かに、そうした物事すべてから距離を置くことで、あなたは健やかになりましたよね――この2、3年は、何をなさっていたのですか?

普通の人が毎日しているみたいに生活して、仕事してる。この変化によってもたらされた最良のことは、心の平和。ほとんどの人にとってはいちばん単純な概念だろうけど、心と体が一致した人生を送っていない人には、それこそがいちばん難しいこと。その境地に至ったとたん、マーク・フリーの体で生きていたころに躍起になっていたような、有名になりたいとか、誰からも愛されたい、崇拝されたいという欲求が、どこかへ行ってしまった。今では、自分自身を愛することだけを考えてる。そうすれば、他者を愛することができるようになるから。


このインタヴューの中でマーシーは、「ローリーは、私の人生で最後のラヴ・アフェアの相手で、これから先もずっとそうでしょうね」と述べています。これというのは、言い換えれば「この先、誰かと愛し合うことは、もう無いだろう」ということであるかもしれません。はたしてマーシー・フリーは、愛する人と共に歩む人生を、もう諦めてしまっているのでしょうか。

でも一方で、マーシーはこうも言っています。「今では、自分自身を愛することだけを考えてる。そうすれば、他者を愛することができるようになるから」

自分を愛することができて、初めて誰かを愛することができるようになる――これはまさに、人が人として生きるための真理です。

だからこそ、マーシー・フリーには、今よりももっともっと心の底から、自分を愛してほしいと願ってやみません。

そして、愛する人と共にあることの喜びが、どうかマーシーの人生に訪れますように。



マーシー・フリー MySpace
http://www.myspace.com/markmarciefree

マーシー・フリー公式サイト
(ほとんどのコンテンツが工事中。
現状では MySpace が実質上の公式サイトとして機能しています)
http://www.marciefree.com/



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2009.07.20 Top↑
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