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環境音楽、あるいはミニマル・ミュージックといったジャンルには、あまり馴染みがないせいで、恥ずかしながら藤嶋、シガー・ロスというバンドの名前を、これまで全く知らずにいました。

私がシガー・ロスのことを知ったのは、このブログを数年前からご覧になってくださっているという、フロリーさんというかたからいただいたメールがきっかけです。

そこで藤嶋、自分でもシガー・ロスについていろいろと調べてみたんですが、彼らは2000年に初来日公演を敢行して以来、何度も日本でライヴを行なっているんですねー。レディオヘッドの来日公演にオープニング・アクトとして出演したり、2005年にはフジロックフェスティバルにも出演していたり、実は何かと日本に縁のあるバンドだったんですね。これまでに発表した7枚のアルバムもすべて日本で紹介されており、うち3枚が現在では EMI Music Japan から発売されています。

EMI Music Japan シガー・ロス日本版オフィシャルサイト
http://www.emimusic.jp/intl/sigurros/


国際的な評価も既に高いようで、音楽通のかたであれば疾うの昔にチェックしていたであろうシガー・ロスなんですが、藤嶋の場合、フロリーさんからメールをいただかなければ、藤嶋のアンテナの感度だけではシガー・ロスの存在をキャッチするのは難しかっただろうと思います。でも、フロリーさんのおかげで、藤嶋のアンテナの範囲が、また一つ拡がりました。

読者のかたからの情報提供は、本当にありがたいです。どうもありがとうございました!



さて、シガー・ロスのプロフィールについて簡単にご紹介します。
シガー・ロスはアイスランド出身のバンドです。同国出身のアーティストというと、なんといってもビョークが有名ですが、実はビョーク以外のアイスランドのアーティストを藤嶋は知らなかったので、この点からもシガー・ロスは藤嶋のアンテナの感度ではキャッチしにくいところにいたのだなー、と実感。

結成は1994年。スタート時のメンバーは3人でしたが、現在はヴォーカル/ギターのヨンシー・ビルギッソン、キーボードのキャルタン・スヴェインソン、ドラムスのオッリ・ディラソン、ベースのゲオルグ・ホルムの4人編制。このうち、ヴォーカルのヨンシー・ビルギッソンが、ゲイであることを公言しています。EMI Music Japan による日本語公式サイトで公開されているインタヴュー映像の中でも、ヨンシーは、

「僕はアイスランドで生活して毎日アイスランド語を話しているけど、ボーイフレンドがアメリカ人だから、会話の50%は英語なんだ」

と、何ら気負うことなくさらりと、性的指向を開陳しています。素敵。

そして、肝腎の音楽なんですが、全部が全部そうだというわけでもないのですが、総じて前衛的です。既存のロック/ポップスの枠の中には収まらない、実験音楽です。特に際立っているのが、ヨンシーのファルセットの歌声と、ギターのボウイング奏法。チェロの弓を用いてエレキ・ギターを鳴らす奏法です。俗に言う avex 系で多用されているようなものとは全く異なるディストーション・ギターの響きが、幻想的な趣を添えています。

ヴィデオ・クリップも、通常のロックやポップスのそれとは、だいぶ毛色が異なります。音楽が非常に前衛的であるからこそ、もはやミュージック・ヴィデオというよりは、限りなく短編実験映画に近いものになっています。

シガー・ロスの出世作である1999年のアルバム『Agaetis byrjun』(アゲイティス・ビリュン)の収録曲「Vidrar Vel Til Loftarasa」(ヴィザール・ヴェル・ティル・ロフタラサ)のヴィデオ・クリップは、少年時代のヨンシーの、同性愛への目覚めをテーマとしており、ミュージック・ヴィデオとしてはちょっと長めの、7分強の作品です。(アルバム・ヴァージョンのほうは10分を超える大作です)



"Vidrar Vel Til Loftarasa"
ヴィザール・ヴェル・ティル・ロフタラサ
(1999)


アゲイティス・ビリュンアゲイティス・ビリュン
(2001/10/03)
シガー・ロス

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そして『アゲイティス・ビリュン』からもう1本、こちらは同性愛テーマの作品ではないのですが、その音楽と映像のあまりの美しさに息を呑まずにはいられないのが、「Svefn-g-englar」(スヴェン・ギー・エングラー)のヴィデオ・クリップです。

この作品は彼らの初めてのヴィデオ・クリップで、ダウン症のかたたちによる演劇集団 Perlan Theater Group を全面的にフィーチャーしています。こちらのほうはアルバム・ヴァージョンと同様、ヴィデオ・クリップも10分に近い大作となっています。



"Svefn-g-englar"
スヴェン・ギー・エングラー
(1999)




シガー・ロスの音楽と映像の美しさには、ある種の不吉さや不安定さ、不穏な雰囲気が、常に表裏一体となっているように、私には感じられます。

たとえば「Vidrar Vel Til Loftarasa」のヴィデオ・クリップでは、主人公の2人の少年のうちの1人が大切にしている人形の頭蓋は切断され、目も刳り貫かれ、2体とも頭部が空ろになっています。また、息子の同性愛を目の当たりにした父親が見せる表情に、嘆きや悲しみといった、優しさに基づいた感情はなく、あるのはひたすら憎悪ばかりです。

そして、この「Vidrar Vel Til Loftarasa」というアイルランド語のタイトルは、日本語に訳すと、「空爆日和」。

なんとも不穏です。

もう一つの「Svefn-g-englar」は、そのタイトルを日本語に訳すと「夢遊病者」。睡眠時遊行症は医学上、異常行動に分類されます。そんなタイトルがつけられているからこそ、その音楽と映像の幻想的な美しさは、なんとも不安定な、一種の危うさのようなものを帯びることとなります。

こうした、不安定さや不穏な雰囲気と表裏一体の美しさは、ザ・スミス時代のモリッシーにも一脈通ずるものがあります。

学生時代、自分を取り囲むすべての物事に居心地の悪さを感じながら毎日を過ごしていた当時の私の心に、モリッシーの音楽は、いつでもピタリと寄り添ってくれていました。

モリッシーとシガー・ロスとでは、その音楽性はずいぶんと異なりますが、モリッシーをこの上なく愛しているというかたの心に、シガー・ロスの音楽と映像は、必ずや突き刺さってくるものがあるはずだと、私は確信しているのですが、さて、いかがでしょうか?



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2009.07.21 Top↑
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