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実はですね、今回のエントリで紹介する Apotheke (アポテケ)の存在を知ったのは、ホントについ最近のことなんです。

しかも、自分で気づいたんじゃなく、友だちから教えてもらって初めて知った、という。

「おお! なんて素敵なアーティストなんだろう!」と感動した藤嶋は、もっとアポテケのことを詳しく知りたい! と思って、ネットで調べてみました。そうしたらなんと、実はアポテケがファースト・アルバム『ギフト』をリリースした昨年5月13日前後の時期に、既にレズビアン・ニュース・ブログのデルタGさんや、他ならぬこの藤嶋が連載枠をいただいている Gay Life Japan も、ちゃんとアポテケの紹介記事を掲載していたという事実に、遅れ馳せながら気がつきました。

LGBTミュージックについてのサイトやブログを開設していながら、それらの記事をおもいっきり見落としていた藤嶋。あうー。

アタイの目は節穴か。節穴だ。

もーね、激しく自己嫌悪。

アルバム『ギフト』の帯に記載されているキャッチは、「ベルリンのゲイカルチャーから、ポップでキュートな贈り物」。そしてアポテケの MySpace のプロフィール欄にも、「ベルリン発ジャパニーズ・ゲイ・ポップ」とか、「『ドイツ/ベルリン』を舞台に活動する、等身大の『ゲイ』のライフスタイル・カルチャーから紡がれる世界観」などといった記載があります。それだけでなく、アポテケの仕掛け人ともいえるクリエイター集団の名前は Super Gays。アポテケの MySpace のURLにも、"gay"の文字が刻まれています。

これだけゲイゲイ言わせている日本人ユニットの存在に、つい最近まで気づいていなかったというのは、藤嶋的にはあるまじき失態。まったくトホホな体たらく。どうやら藤嶋のアンテナは、かなりの程度で酸化が進んでいる模様。

あ、でも、ホラ、Queer Music Experience.は最新の音楽ニュースを配信するサイトじゃなくって、LGBTミュージックについての情報を蓄積していくことこそが目的のサイトだから。

って、誰に向かって言い訳してんだよ。



まあ、そんなわけで。

旬を外してる感が殊更に満載の、今回のエントリですが、このブログで取り上げる話題が旬を外しているのは何も今に始まったことではないので(泣笑)、サクッと気を取り直して、話を先に進めたいと思います。


アポテケは、ベルリンを拠点に活動している、4人の日本人ゲイ・アーティストさんによる、テクノ・ポップ・ユニットです。

アポテケ MySpace
http://www.myspace.com/gayapotheke


メンバーのみなさんのプロフィールは、アポテケの MySpace に掲載されているテキストがいちばんわかりやすいと思うので、それを以下にコピペ。(手抜きとか言わない。)

シンゴ (ヴォーカル):透きとおったハイボイスは、性別を超えた奇跡の歌声。優しくも力強く、アポテケのメッセージを届ける新人ボーカリスト。

イク (コンポーザー):2002 年よりロンドン 2006 年よりベルリンと、常に世界的なダンスミュージック・シーンの中心で音楽活動を行っている。アイドル、歌謡曲への造詣が深くトキメキとキラメキをメロディに込める。

ビンゴ (コンポーザー):ロンドン出身 ヨーロッパ各国でのライブ活動を通じて培ってきたセンスとソウルを持ち合わせ、その自由なスタイルから、クールで新しいサウンドを追及する、サウンド・クリエイター。

ケニコ (チアボーイ):ストックホルム在住のファッションデザイナー。「バンドとは全く関係ないんだけど、自分がいないと成り立たない。そんな存在」と語り、ステージから愛と罵声を叫ぶ。


藤嶋の情報収集能力にはガタが来始めているのに加えて、テクノ・ミュージックやベルリンのクラブ・シーンにも決して明るいわけではないので、そうしたシーンの歴史とか動向とかと絡めてアポテケの音楽を論じるのは、藤嶋にはちと難しいんですが、とりあえず感じたのは、アポテケの音楽と映像は、「外から見た現代日本のポップ・カルチャーの姿」を、肯定的に、礼賛的に描き出している、ということでした。

「外から見る」という行為、つまり外在的な視点は、えてして批評的・批判的な性質のものになりがちです。しかし、アポテケの場合は、どちらかといえば批判の対象にされがちな種類の日本のポップ・カルチャーを擁護し、肯定する性質を持っています。それこそがアポテケの非常に特徴的な点であり、そのポジティヴな世界観を支えている大きな要因となっているのではないか? と私は感じています。

たとえば、アルバムのオープニング曲であり、ヴィデオ・クリップも制作されている「かわいイズム」

ここで歌われている「かわいい」は、日本の若いリアル女子のみなさんや、あるいはギャル系のゲイ男子のみなさんが多用している、そういう種類の「かわいい」です。

つまり、本来なら「綺麗」とか「格好良い」とか、あるいは「たくましい」とか「しなやか」とか「たおやか」とか、実にさまざまな言い回しで表現が可能なさまざまな「美しさ」を、それらの微妙なニュアンスの違いにはいっさい頓着せず、すべて「かわいい」の一語で言い切ってしまう、そういう種類の「かわいい」のことです。

これらの「かわいい」は、若い世代の語彙が貧弱化していることの一例として、しばしば槍玉にあげられます。しかし、アポテケの「かわいイズム」は、どんな種類の美であってもすべて「かわいい」の一語でひとからげにしてしまう最近の傾向を、語彙の貧弱化として必ずしも否定的に見るのではなく、これを一つの「イズム」として見なしています。

「かわいい」を日常で多用しているみなさんにとって、それは「イズム」と呼べるような種類のものではないはずなので、「かわいイズム」というタイトルそれ自体が、アポテケの視点の外在的であることの証明となっています。

そしてアポテケは、「かわいい」という表現の性質を批判的に見るのではなく、ありとあらゆる種類の美を一語で表現することが可能な、実に包括的な表現であると、むしろ前向きに、肯定的に捉え、そして性別すら無関係なそのボーダーレスな性質に着目し、それを一つの「イズム」と見なし、「かわいいが時代救う」と高らかに宣言しているのです。

ヴォーカルのシンゴさんの中性的な声も、「かわいい」という形容のボーダーレスな性質に、絶妙にマッチしています。

“かわいイズム”
(2009)


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(2009/05/13)
Apotheke

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他にも、アルバム収録曲「ボーイズ・ラブ」が、良い意味で外在的なアポテケの視点とポジティヴな世界観を、わかりやすく示しています。

この曲の中では、メイク・ラヴに耽る「ボクたち」と、それを外から「覗いて」いる、まさしく外在的な「フジョシ」の姿が描かれています。つまり、この曲の中には「見る側」と「見られる側」という図式がハッキリと持ち込まれているんですが、しかしアポテケは、これを決して二項対立的には捉えていません。

「見られる側」である「ボクたち」は、「フジョシ」に外から覗かれることに、不快を感じてはいません。むしろ「君の視線 興奮してる/君の視線 興奮させる」と歌い、共に興奮している者同士として、「フジョシ」の外在的視線を肯定しています。

共に興奮しているという点では、覗く「フジョシ」も、覗かれる「ボクたち」も、実は一直線上の存在。だからこそアポテケは、「フジョシでもいいんじゃない?ボクたちってお似合い/ヘンタイでもいいんじゃない?ボクたちってお似合い」と歌うことで、ある程度の距離はとりつつも、「フジョシ」の存在を自分たちの中に受け入れています。

ボーイズ・ラブ、いわゆる「やおい」は、これもまたしばしば批判の対象とされがちです。その是非をここで問うことはしませんが、俗に腐女子と呼ばれているボーイズ・ラブの主要読者層の女性のみなさんを、日本のゲイ男子の多くのみなさんは、LGBTコミュニティの「外側」の存在、と見なしている傾向があるように、個人的には感じています。

ボーイズ・ラブという文化は、実は必ずしも日本固有のものではありません。が、少なくとも「やおい」という言葉は、現在では美少年同士のセックスを描いたソフト・ポルノ・カートゥーンを言い表す世界共通語になっています。つまり「やおい」は、その是非はともかくとして、世界的に見ても、既にゲイ・カルチャーの一角を占めているんですね。

つまり、腐女子と呼ばれているボーイズ・ラブの主要読者層の女性のみなさんは、事実上、リアルなゲイ・カルチャーにコミットしています。

LGBTのコミュニティを「LGBT当事者のもの」と捉えるか、それとも「LGBTカルチャーにコミットしている人々のもの」と捉えるか、その視点の違いによって、腐女子と呼ばれているリアル女子のみなさんの存在が「内側」のものになるのか、「外側」のものになるのかは変化してきます。そして、そうした視点の違いは、LGBTの当事者の側が、LGBTとしてどのように毎日を生きているか、LGBTとしてどのような形で社会と接しているのか、接せざるを得ないのかという、一人ひとりのライフ・スタイル、一人ひとりの生活事情の部分に、実は密接に関わってきます。

つまり、これは正論をゴリ押しさえすれば片がつくというような、ただ一つの正しさだけによって規定されている単純なテーマでは決してないので、良いか悪いかの二元論でこれを語ることを私はしません。

が、アポテケの場合は、「ボクたち」と「フジョシ」を同じ「ヘンタイ」同士として捉え、「内側」も「外側」もない一直線上のものとしてボーダーレス化してしまうことで、良いか悪いかの二元論を、最初から無効なものにしています。

私はそうしたアポテケの姿勢に、言葉はやや大袈裟かもしれませんが、博愛を感じます。

博愛に支えられた外在的な視点と、その結果として導き出される、ボーダーレスな桃源郷の世界観。

それこそが、アポテケというアーティストと、ひいては Super Gays というプロジェクトの本質なのではないか? という気がしています。

愛があるからこそ、私はアポテケの音楽と表現が大好きです。



最後にもう1曲。

アルバムの2曲目に収録されている「Poppers」という曲のヴィデオ・クリップを、ぜひご覧になってください。この動画をアップロードしているのは Super Gays のみなさんご自身なのかな? だから、たぶんオフィシャルのヴィデオ・クリップだと思います。

素材となっているのは、LGBTプライド・パレードの映像。ドイツ語が映り込んでいるので、おそらくはベルリンのものかな? 詳細はわかりませんが、どこの地域のものであれ、LGBTプライド・パレードの映像は、参加者のみなさんの表情がスゴくイキイキしていて、私は大好きなんです。

そして、この「Poppers」の歌詞の中には、「虹色」というキーワードが盛り込まれています。アポテケによるゲイ・プライド・ソング、という解釈も可能な1曲だと思います。

"Poppers"
(2009)



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2010.02.22 Top↑
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