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『ソラニワ vol.3』ウェルカム・ボード開催からずいぶんと時間が経ってしまいましたが、2010年11月23日(火)に新宿 Future Nature Valve にて、アコースティック・ライヴ・イヴェント『ソラニワ vol.3』が開催されました。今回はその観覧記です。

このイヴェントをオーガナイズしているのは、sola さん。ご自分が「ゲイ・ミュージシャン」であることを明言して音楽活動に取り組んでおられるかたです。

sola さんがわざわざ「ゲイ・ミュージシャン」という看板を掲げてうたい続けている理由、それは、『ソラニワ vol.3』のパンフレットに掲載されていた sola さんの『ごあいさつ』の中にも、書き記されています。会場に足を運べなかったかたたちにもぜひ読んでいただきたい、とても誠実な内容なので、ここにも引用させていただきます。

「『ソラニワ』では『LGBTフレンドリー』だの『オールジェンダー・オールセクシュアリティ』だのと、
わざわざ看板に掲げているせいもありまして。結構な頻度で訊かれる質問があります。
『行きたい気持ちはあるのですが、私が行っても場違いじゃないでしょうか』と。
結論から言いますと、これまで実際に足をお運び頂いたことのある方であればご承知の通り、
そしておそらく今夜お集まりいただいたみなさまも既にお察しの通り、どなたでもウェルカムです。
男性も女性も、老いも若きも、どこにも属さない人もどれにも属する人も、
あなたがあなたのままで、ただふらっとお立ち寄り頂ければ、それ以外に何のご準備も手土産も要りません。
(うっかり手土産をご持参されている場合は、ちゃんと受け取らせていただきますからご安心くださいね。笑)
僕たちはただ、あなたがここを訪ねてくる前よりちょっと、ほっこりした気持ちを携えて、
帰ってくれたらいいな、と、ただそれだけを思っています。

そんなわけで、『ソラニワ』です。

前回も全く同じご説明を差し上げているので、ご存知の方はご存知かと思いますが、
ご存知でない方はご存知ではないかと思いますので(まわりくどい)、改めて説明させていただきますと、
わたくし『ゲイ・ミュージシャン』などと名乗って活動を行なっております。
ま、いちいちそんなことを言い訳しなくても、音楽は音楽として楽しんでいただければそれでよいのですが、
『ソラニワ』では敢えてその看板を掲げてうたわせていただきたいな、と。
例えば僕が寒々しいラブソングなんかをうたうとして(笑)、
そこでうたわれている『キミ』とは、必ずしも女の子のこととは限らないんですよ、ということに、
もしかしたら思いを馳せてもらえるきっかけのひとつになるかもしれませんしね。
もちろん、音楽は好きなように聴いて、好きなように受け止めてもらうものなので、
自分の解釈をゴリ押ししたいわけではないけれど、なかったことにされてしまうのもやっぱりちょっと寂しい。

こういう情報は余計な先入観に繋がるだけで、聴く人にとっては要らない知識だという考え方もあるわけですが、
僕は、こういう僕がつくったうたをできるだけまっすぐに、正直に、誠実に届けたいだけなのです。
自分の音楽に対して、きちんと責任を果たしたいだけなのです。
そして、それを受け止めてくれる人がきっといると信じているだけなのです。

そんな僕の思いを受け入れてくれた方々と、今夜一緒にライヴができることを、心から嬉しく思います。」


――こうした sola さんの、「ゲイ・ミュージシャン」としての姿勢に共鳴する「ゲイのミュージシャン」のかたは、残念ながら、現状ではそれほど多くはいらっしゃいません。

この状況は、日本のゲイ・コミュニティに「ゲイ・インディーズ」が誕生するよりも前の時代と、実は何ら変わるところがありません。

つまり、日本のゲイの音楽コミュニティは完全に退行した、ということです。

だからこそ。

そうした状況のもとに開催された今回の『ソラニワ vol.3』は、過去2回の『ソラニワ』以上に、4組の出演者のみなさん全員が、ミュージシャンとしての姿勢という部分に関して、多くのものを共有していたように感じました。

それは、なにも「ゲイ・ミュージシャン」としてのあり方に限った話ではありません。

今回の出演者4組のみなさんは、ミュージシャンとしての表現の性質そのものが、根底の部分で通じ合い、重なり合っていたように思うのです。

それをあえて言葉に表すならば、「ネガティヴな事柄にも正面から向かい合い、そして目を逸らさない」という特質であった、と思います。

悲しいことや辛いことを意識的に排除することで、前向きさをオーディエンスにあたかも強要するかのような歌を歌う。そうしたアーティストさんも少なくない数でいらっしゃいますが、それは今回の4組の出演者のみなさんの表現とは、全く対極にあるものです。

今回の4組のみなさんは、ネガティヴな感情や命題に真正面から向かい合い、そこから生じる内面の葛藤を、作品やパフォーマンスへと昇華することによって、自己の存在理由を音楽の中に見出しているかたたちだと、私は感じました。

そんなかたたちだけが、説得力をもって歌うことのできる、「あなたはここにいていいんだよ」という優しい世界観――それが、今回の4組の出演者のみなさんには、共通していたのです。



藤井 周さんトップバッターとして出演されたのは、藤井 周(ふじい・あまね)さん。ピアノの弾き語りによるパフォーマンスです。

私は今回のイヴェントで初めて周さんの歌声を生で聴いたのですが、一発でファンになりました。

会場で売られていた周さんのCDも、3タイトルをまとめてゴソッと大人買い。

ご自身が標榜されている「ユニセックスボイス炸裂!!ミニマムボディ男子ボーカル」というキャッチのとおり、性別を感じさせないその歌声は、周さんの音楽の大きな特徴となっています。しかし、それはなにも音声的に強いインパクトがあるというだけではなくて、曲の中で歌われているテーマとも完全に不可分なものになっているんですね。

だからこそ、周さんの歌はオーディエンスの心に深く突き刺さってくるのだと、私は思いました。

今回のセット・リストの2曲めに歌われた「ミスカラー」という楽曲を、今回のライヴのオーガナイザーの sola さんは、たけださとしさんのネットラジオの中でも絶賛されていましたが、私もこの「ミスカラー」には大きな衝撃を受けました。

ミスカラーというのは、畜犬の用語です。血統書登録されている犬種には、標準の毛色が定められているのですが、その標準には合っていない毛色や、認められていない毛色のことを、ミスカラーといいます。犬種を保つという見地から、ミスカラーの犬を交配・繁殖させるのは一般的には好ましくないとされています。

生まれつきの性質を理由に、その存在を否定されてしまうことの悲しみと、それでも生きていたいという強い意志を歌ったこの「ミスカラー」という曲は、なにもLGBTのような一定の属性だけを擁護しているのではありません。ありとあらゆるマイノリティの悲哀を包括しています。それでいながら、ミスカラーという直球な比喩を用いることによって、最大公約数的な曖昧さの一切ない、ストレートな問題提起を行なってくる作品です。(ついでにいうと、この曲はサビの部分の韻の踏み方も実に巧みで、言葉の技巧面にも非常に優れた作品です)

犬の毛色は遺伝的な要因によって決定されるものですが、この遺伝的要因というモチーフは、今回のセット・リストの最後に歌われた「こうのとり」にも顔を出しています。周さんのマキシ・シングルのタイトル・トラックでもある「こうのとり」では、生きることに絶望している人たちに向けて、次のような言葉を投げかけています。

「染色体の奇跡であなたは産まれた
 だから投げないで 放らないで 自分を 心を」


生まれつきの性質から目を逸らしたり否定したりするのではなく、真正面からそれと向かい合い、生きる意味を問うていく――そんな真摯な眼差しの持ち主である周さんは、この『ソラニワ』への出演にあたっても、sola さんが掲げているイヴェントの趣旨を、ご自分の中でじっくりと考えられたのではないかと思います。その考察が楽曲として結実したのが、4曲めに歌われた新曲「マジョリティ マイノリティ」でした。

「ミスカラー」以上に直球な内容とタイトルを持っているこの曲ですが、「マイノリティ」という言葉も、実はミスカラーという比喩と同様に、非常に直接的に見えながらも、実は一定の属性のみを指し示したものではありません。

最大公約数的な曖昧さで真のテーマをぼかすことはせず、それでいながら、ポピュラー音楽に必要な普遍性は、充分に保たれている。

周さんは、素晴らしいソングライターです。

そして、その世界観と不可分な美しい歌声をもってこの世に生を受けた、天性のシンガーです。



藤本大祐さん次に登場したのが、藤本大祐さん。

藤本さんのアコギ1本の弾き語りのパフォーマンスは、今回の出演者の中では最も躍動的で、それと同時に、最も内省的なパフォーマンスでありました。

実際、藤本さんは打ち上げの席で、「明るい歌を歌うことにはあまり関心がない」という趣旨のことをおっしゃっていたのが、強く印象に残っています。

しかし、藤本さんの内省的な世界観は、痛みや苦しみ、悲しみといったネガティヴな感情を切り口とはしていても、決して絶望はしていません。癒しや救いを求めてネガティヴな感情を消去したり忘却したりしようとしているのとも違います。

たとえば、藤本さんの楽曲が、親しい誰かの死を題材としている場合、藤本さんの眼差しは、自分の中の喪失感と真正面から向き合いながらも、絶望という感情に決して溺れてしまうのではなく、「遺された者はいかにして生き抜いていくか」を考える、という方向に向かっていきます。

極論すると、藤本大祐さんの世界観は、常に人生の終わりを意識しています。だから、藤本さんによる人生の思索は、たとえば「楽しく生きたい」だとか、「こんなふうに幸せになりたい」だとか、そういった味つけのレヴェルを、既に通り越しているんですね。

ステージ上の藤本さんが、単にストイックというだけでは説明できない、どこか達観しているような佇まいを見せているのは、たぶんこれが理由ではないでしょうか。

藤本さんの世界観――あるいは人生観――の中に、享楽的な視点はありません。

今の世の中では、真摯に生きることのほうが、享楽的に生きるよりも、たぶんむつかしい。

だからこそ、生きるという行為そのものへの意志、真摯な人生を希求する強い意志が、藤本さんの世界観には貫かれています。

そして、真摯な人生を歩んでいくためには、痛みや苦しみ、悲しみといったネガティヴな感情からも、決して目を逸らしてはいけない――そうした決意を、私は藤本さんの歌と佇まいの中に感じます。

そう、それは「決意」なんですね。

今回の『ソラニワ vol.3』の出演者のみなさんに共通している「目を逸らさない」という特質は、藤本さんの場合は、それが「決意」であるからこそ、自ずと滲み出してしまうとか、あるいはそうならざるを得ないとか、そうした不随意な性質のものではないような気が、私はします。

藤本さんは、たぶん、積極的に意識して「ネガティヴな感情から目を逸らさない」ように努めていらっしゃる、そんなアーティストさんなのではないでしょうか。

それが努力の結果であるならば、その「目を逸らさない」という特質は、単に特質であるだけでなく、藤本さんの作品やパフォーマンスの、重要なテーマにもなっているはずです。

それゆえに、今回の4組の出演者の中で、「目を逸らさない」という特質が、最も前景化していたアーティストさんは、この藤本大祐さんであったと、私は感じました。



鹿嶋敏行さん3組めは、鹿嶋敏行さん。

私は鹿嶋さんの『ソラニワ』出演をかねてから期待していたので、それこそ念願が叶ったようなワクワクした気持ちで、今回の鹿嶋さんのパフォーマンスを拝見しました。

今回のトップバッターの藤井周さんと同様、鹿嶋さんもまた、ご自分が出演されるライヴ・イヴェントの性質や文脈、テーマ等を熟慮し、それにふさわしいセット・リストを組まれるかたです。

今回の『ソラニワ』でのセット・リストは、これがLGBTミュージックのライヴ・イヴェントであることを意識して、ゲイ・アンセムの古典中の古典である「Over The Rainbow」や、鹿嶋さんが初めてLGBTを意識して書いたというオリジナル曲「僕の手は今ここにある」などが歌われました。鹿嶋さんのブログによると、「僕の手は今ここにある」を『ソラニワ』で歌えたことには、「ようやく歌うべき場所で歌っている、聴いてもらうべき人に聴いてもらっている」という実感があり、とても嬉しかったのだそうです。

僕の手は今ここにある僕の手は今ここにある
(2010/12/08)
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また、この日のセット・リストは、これが sola さんのオーガナイズによるイヴェントであることも強く意識されていたのですが、それが最もわかりやすい形で示されていたのが、「Down by the Salley Gardens」「河よりも長くゆるやかに」のメドレー。「Down by the Salley Gardens」はアイリッシュ・トラッド、「河よりも長くゆるやかに」は sola さんのオリジナル曲です。

鹿嶋さんヴァージョンの「河よりも長く~」は、鹿嶋さんの視点による詞の解釈とか、鹿嶋さんの歌声のかもし出す雰囲気が、オリジナルとは異なる世界を生み出しつつも、その根底には、確かに sola さんのカラーが息づいていました。

そのように仕上がっていたのは、もちろん鹿嶋さんのディレクションがそれを指向していたからには違いないのだと思いますが、やはり sola さんと鹿嶋さんのおふたりが、アーティストとして多くのものを共有していたからこそ、この絶妙なバランスが実現されていたように、私は感じるんですね。

ソングライターとしての sola さんと、シンガーとしての鹿嶋さんの相性は、非常に幸福なめぐり合わせであるということが、このパフォーマンスによって実証されたように思います。

間違いなく、今回の『ソラニワ』のハイライトの一つでありました。

というか、『ソラニワ』以外のライヴでも、鹿嶋さんヴァージョンの「河よりも長く~」を聴きたいです。鹿嶋さん、よろしくお願いしまーす。



sola さんそして、トリはもちろん、sola さんです。

今回の『ソラニワ』でのパフォーマンスの最大の特色は、なんといっても、通常はパーカッションを担当しているサポートのがる蔵さんが、今回はドラムスを叩いていたことでしょう。

『ソラニワ』恒例の、LGBTアーティストのカヴァーのコーナーでは、今回は東京少年の「陽のあたる坂道で」が演奏されました。東京少年は、1995年に日本のメジャー・アーティストとしては初めてメディア上でレズビアンであることをカミング・アウトなさった、笹野みちるさんが在籍されていたバンドです。「陽のあたる坂道で」は、東京少年の1990年のEP盤のタイトル曲です。

sola さんのMCによると、sola さんと笹野さんとは、それまでに面識があったわけではなかったのだそうですが、今回の『ソラニワ』で「陽のあたる坂道で」をカヴァーしたいという希望を、sola さんはご自分がゲイ・ミュージシャンとして活動なさっていることや『ソラニワ』のことなども書き添えて、笹野さん宛にメールでお願いをしたのだそうです。

笹野さんは、その日のうちに、快諾の返信を sola さんに送ってきてくださったそうです。

そして、「陽のあたる坂道で」をいよいよカヴァーするにあたり、sola さんはオリジナル・ヴァージョンの行進曲風のスネアを活かすことにこだわりました。結果、今回の『ソラニワ』では、ドラムスが導入されることになったのだそうです。

陽のあたる坂道で陽のあたる坂道で
(1990/03/07)
東京少年

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「陽のあたる坂道で」のカヴァーが先ずありきの、今回のドラムス導入でしたが、これによって他の sola さんのオリジナル曲も、今回は一般的なバンド・スタイルのアレンジで演奏されることになり、それが今回の『ソラニワ』の大きな聴きどころとなっていました。

特に、「beautiful」「羊ヶ丘」といった sola さんの代表曲は、スネアが加わることによって、sola さんの楽曲の特徴の一つであるトラッドな味わいが、より前に出ていたように思います。

単にアレンジだけがいつもと異なっているのではなく、がる蔵さんについていえば、演奏している楽器がいつもとは違うからこそ、視覚的にも大きな変化が加わっており、オーディエンスの注目は、がる蔵さんの演奏する姿に、多く集まっていたのではないかと思います。

しかし、今回のアレンジでは、実はドラムス担当のがる蔵さんだけでなく、ピアノ担当のけんけんさんも、非常に大きな役割を果たしていたことを、私はここで特筆しておきます。

ドラムスを導入すれば、即、一般的なバンド・スタイルの音になるのかというと、実はそんなことはありません。ベースレスという編成もあるにはありますが、基本的には、ドラムスとベースのリズム体を切り離すことは、例が少ないと思います。

今回の sola さんのステージでは、ベース担当のサポート・ミュージシャンが新たに加わっていたわけではありません。にもかかわらず、よく耳を澄ますと、ちゃんとベース部分の音も鳴っていたんですよね。

これというのは、実はピアノ担当のけんけんさんが、通常のピアノの演奏に加えて、イコライザーを駆使して、ベースの部分も一緒に演奏していらっしゃったんです。

つまり、けんけんさんはピアノとベースの二役を同時にこなしていたんです。

今回のけんけんさんは、見た目にはいつもの演奏スタイルと大きな変化はないし、ベース部分の音も実に自然に溶け込んでいたので、けんけんさんが一人二役をこなしていたことに気づかれなかったオーディエンスのかたも、ひょっとしたら、いらっしゃるかもしれませんが、今回のけんけんさんの一人二役も、今回の『ソラニワ』の大きな聴きどころの一つであったと、私は思っています。



『ソラニワ vol.3』エンディングそして、アンコールでは、今回の4組の出演者のみなさんによる、「ソラニワ」のパフォーマンス。

このように出演者が全員そろっての「ソラニワ」のパフォーマンスは、実は『ソラニワ』開催3回目にして初めての試みなんですが、老いも若きも、男も女も、誰もが歓迎される理想郷をうたった「ソラニワ」という楽曲は、このように出演者のみなさんが一同にそろってうたわれることによって、そのメッセージの説得力も倍化します。

実に感動的なひとときでした。

周さんも、藤本さんも、鹿嶋さんも、本当に楽しそうに歌っていました。

特に鹿嶋さんは、随所にさりげなくアドリブを加えていらっしゃって、ジャム・セッション的な楽しさが、今回の「ソラニワ」のパフォーマンスにはありました。

次回の『ソラニワ』でも、出演者のみなさんが一同にそろっての「ソラニワ」のパフォーマンスを期待しています!



以上、『ソラニワ vol.3』観覧記でした。

これまでに開催された過去2回の『ソラニワ』のライヴ・レポも、Queer Music Experience.のほうに掲載しているので、併せて参照してください。

ソラニワ vol.2 ライヴ・レポ (Queer Music Experience.) ←読んでね。

ソラニワ ライヴ・レポ (Queer Music Experience.) ←読んでね。


※今回のエントリに掲載している写真のうち、藤井 周さんと藤本大祐さんの写真以外は、すべて風太郎くんの撮影によるものです。どうもありがとうございました。
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