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ルーファス・ウェインライト (Rufus Wainwright)が、代理母出産によって、同性パートナーのヨルン・ヴァイスブロット (Jörn Weisbrodt)とのあいだに女の子を授かったことが、昨日(2月18日)、彼の公式サイト上で発表されました。

The Official Community of Rufus Wainwright

アメリカのゲイ・メディアも、既に複数がこれを報じています。

Rufus Wainwright Announces He's a Dad! (AfterElton.com, 2011.02.18)

Rufus Has a Baby (Advocate.com, 2011.02.18)

これらの記事によると、女の子の名前はヴィヴァ・キャサリン・ウェインライト・コーエン。今月の2日に、ロサンジェルスの病院で産声を上げました。代理母となったのは、レナード・コーエンの娘のローカ・コーエンだそうです。

昨年の12月5日には、エルトン・ジョンが、同性パートナーのデイヴィッド・ファーニッシュとのあいだに、代理母出産によって、男の子を授かっています。また、昨年3月29日のリッキー・マーティンのカミング・アウトは、代理母出産によって授かった2人の男の子の人生に影を落としたくないという理由によるものでした。2008年8月のクレイ・エイケンのカミング・アウトも、ほぼ同様の理由によるものです。



ゲイやレズビアンが、同性パートナーと入籍を行ない、子どもを儲け、家族となる。こうした選択を、異性愛者の価値観やライフスタイルに迎合しているとして批判を展開している、オープンリー・ゲイの著名人もいます。
ここ日本では、映画評論家のおすぎさんが、同性カップルの結婚や出産に反対の立場をとっています。朝日新聞の折込情報紙「マリオン・ライフ」に掲載された、レズビアン・マザーがテーマの映画『キッズ・オールライト』についてのコメントの中で、「私は同性愛者の結婚も子どもを持つことも反対の立場ではあります。異端者は異端として生きるべきだし、その喜びを享受すべきだと思っています。」とおっしゃっているそうです。

※参考リンク
キッズ・オールライトと「異端」 (Lの世界:Laraララが一番☆、2011.02.15)

私個人の意見としては、おすぎさんのおっしゃる「異端者は異端として生きるべき」というお話は、人生観についてのお話だと思うんですよ。少なくとも、この発言を見る限りでは。

でも、同性カップルが入籍したり子どもを儲けたりすることについての議論というのは、人生観についての議論ではない、ですよね? あくまでも、権利についての議論ですよね?

異性愛者には認められているのに、同性愛者には認められていない権利がある。そうした不平等をなくしていきましょう、という議論は、同性愛者としてどうあるべきかという議論と、重なる部分はあるにしても、完全にイコールではありませんよね?

権利というのは、それを行使するのもしないのも、その人の自由意志に基づくものです。つまり、選択の自由が公的に認められているという状態ですよね。そして、選択の自由が認められている以上、それは「かくあらねばならぬ」という義務ではないんです。異性愛者のカップルと同性愛者のカップルの権利の不平等をなくそうという動きは、同性カップルも結婚して子どもを儲けなくてはいけないという、いわば「かくあらねばならぬ」という義務化を求める動きなどでは、全然ないんです。同性カップルにも異性愛者と同じだけの人生の選択肢の数が欲しい、ということなんです。

だから、これはおすぎさんのおっしゃるような「同性愛者とはかくあるべき」という議論とは、全く性質が違います。

レズビアン・マザーやゲイ・ファーザーという生き方を選んでいるかたたちが望んでいるのは、同性愛者もすべからく親にならなければいけないという、画一的な社会ではないんです。権利という、公的に認められた人生の選択肢の数を増やしたい、と望んでいるだけなのです。

同性カップルにも異性愛のカップルと同等の権利が認められたとして、その権利を行使するのかしないのかは、個々の人たちの自由です。したがって、これは既にある同性愛者の生き方を否定するものでは、何らありません。

同性愛者の公的に認められた人生の選択肢が、新しく増えるだけです。

それなのに、レズビアン・マザーを描いた『キッズ・オールライト』という作品に対して、「同性愛者の結婚も子どもを持つことも反対」「異端者は異端として生きるべきだし、その喜びを享受すべき」と書いてしまうおすぎさんは、私の目には、権利についての議論と、人生観についての議論を、混同なさっているように見えます。



同性愛者が子どもをもつことに対して、「子どもは親を選べない」とか「子どもの立場になって考えろ」とか、子どもの存在を盾にして批判するかたもいらっしゃいます。が、この理屈は、異性愛のカップルにも同様に当てはまるものです。異性愛のカップルなら無条件で子どもを幸福にできるのであれば、児童虐待とか育児放棄などという問題は、そもそも起こってはいないはずです。

一方、同性カップルによって幸福に育てられている子どもたちは、この日本にも、ちゃんといるのです。そうしたリアリティーを、異性愛者のかたたちだけでなく、LGBTの当事者にも、もっともっと共有してもらいたいと、私は思います。

※参考リンク
にじいろかぞく ~Rainbow Family~ ←必読! 子どものいる同性カップルの声を、もっと聞いてください!

おすぎさんのように世間に強い影響力をもっているかたが、ある一定の属性の人々に「このように生きるべき」と言い放ってしまうのは、それらの人々の生き方の選択肢を奪おうとする行為と、限りなく性質が近づいてしまいます。それはあまりにも軽率だと、私は思うのです。

権利という公的に認められた人生の選択肢についての議論と、かくあるべきという個々の人生観についての議論は、混同してはいけないものです。



ルーファスのおめでたい話から、すっかり話が横道に逸れてしまいましたが。

子どもを儲ける同性カップルの数は、これからもどんどん増えていくと思います。

そして、ルーファス・ウェインライトやエルトン・ジョンのように、世界的な影響力をもつ著名なLGBTミュージシャンが、同性パートナーとのあいだに子どもを儲ける例も、同様に増えていくはずです。そうした潮流の誕生を、私は感じています。

ルーファスが築いていく家庭の幸福は、彼と同じような選択肢を選んだ同性カップルの幸福にもつながっていってくれるはずです。

ルーファス、おめでとう!

ルーファス・ウェインライトと、パートナーのヨルン・ヴァイスブロット
(画像は AfterElton.com より)


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2011.02.19 Top↑
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