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3月11日に発生した東日本大震災以降、メジャーかインディーかには関わりなく、大勢のミュージシャンのみなさんが、被災者のみなさんを支えるために、チャリティー・ライヴを開催なさっています。

そして4月16日には、ゲイ・ミュージシャンの sola さんが、新宿二丁目のコミュニティ・センター akta を会場に、チャリティー・ライヴ“pray and sing for 3.11 「僕らが奏でる祈りのうた」”を開催なさいました。

sola さん


このライヴ・イヴェントは、「大震災が起きました! 大変だ! じゃあチャリティー・ライヴを開こう!」と瞬間的に開催が決められたものではありません。sola さんは、このライヴの開催を決意なさるまでに、さまざまな問いかけをご自分に投げかけていらっしゃいます。

たとえば、被災地ではない東京で、被災者ではないオーディエンスのみなさんを前に歌うことが、はたして被災者のみなさんの役に立つのだろうか、とか。

あるいは、今もこうして無事に生活を送れている自分自身のことを、被災者のみなさんに対して申し訳ないと思う、その気持ちに、ただ自分は酔い痴れているだけなのではないだろうか、とか。

こうした心の葛藤の数々が、sola さんのブログでは綴られています。

その3月30日付のエントリにおいて、今回のライヴ開催の正式な表明が行なわれたのですが、そこで sola さんは次のように記されています。

「(ライヴ開催について)否定的な意見も戴いたし、日本中に蔓延する自粛の風潮に何度も挫けかけたけど、やっぱり、うたをうたおうと思っています。
被災地の現場はそれどころではない、とお叱りを戴きそうですが、昨日のサッカーのカズのゴールを飛び上がって喜んでる被災地の子供もいたよ。勿論、たかが僕ごときが、被災地でもない東京の片隅でじたばたしたところで、被災地に住む誰かの足しになる筈もないし、自己満足でしかないのかもしれない、それは十分に理解しているからこそ、この二週間余り躊躇を続けていました。


でも、地震当日、被災地に対するあり余るほどの善意と、帰宅難民になりかけた人がいっとき縋れる場所を伝え続けていたTwitterのTLに、意図的か否かはさておき、誰かを傷つけかねない刃がちらつき始めた頃から、今、安らげる場所を求めているのは被災地の人だけじゃないのかもしれない、ということをぼんやりと思い始めたのです。取り急ぎ目立った不自由もなく、穏やかに暮らせている筈の他ならぬ自分自身が、今ここで、全く安らげていないことに気付いてしまったのです。(中略)


非力にも程がある自分だもんで、ひとりで届けられるお金も物資もありませんが、小さな声もたくさん重なればユニゾンにもハーモニーにもなるんじゃないかな、ってね。
もろもろ、調整に向けて動き始めました。
もしも実現しましたら、何らかの形でお力添え頂ければ嬉しい限りです。」


そして開催に至った、今回の「僕らが奏でる祈りのうた」。

当日、会場には被災者支援のための募金箱が設置されました。ここでオーディエンスのみなさんから寄せられた義援金は、日本赤十字社ではなく、東日本大地震「Think the Earth基金」に寄付されました。

今回のライヴの開催の詳細が告知された、sola さんのブログの4月10日のエントリでは、Think the Earth 基金への寄付を決めたことについて、次のように記されています。

「いま行なわれている募金の大半が日本赤十字社へのもので、自分も実際に募金を行なわせていただきましたが、被災地の人々に直接行き渡るまでにはまだまだ時間を要しそうな気配です。そのため、今回のライヴでは少し違う視点から、実際に災害現場で活動する複数のNGO/NPOの方々へ迅速に寄付を行なうことで、『しっかりした活動を行っている中堅の団体にも活動資金がまわるようにしたい』という基金の主旨に賛同しまして、そしてそれが被災者の方への迅速な支援に繋がるひとつの方法であると考え、こちらへの寄付を行なうこととしました。」


義援金の給付の遅れは深刻で、「まだまだ時間を要しそうな気配」と sola さんが記した、その20日後の YOMIURI ONLINE の記事でも、依然として「1割未満」と報じられていました。一刻も早い状況の改善を願います。

義援金、被災者に届かない…給付は1割未満(YOMIURI ONLINE, 2011.04.30)



さて、今回のライヴの内容ですが、節電に配慮して、マイクもアンプも無しの、完全生音のスタイルで行なわれました。お客さまのかけているテーブルの上には、これもまた節電に配慮して、akta のジャンジさんが、たくさんのキャンドルを灯してくださったのですが、キャンドルの柔らかい灯り越しに拝見するライヴは、まるでジョン・キャメロン・ミッチェル監督の『ショートバス』の中でジャスティン・ボンドが「In The End」を歌うシーンのようで(もちろん、この日の東京は停電していたわけではないので、あそこまで暗くはなかったし、メイク・ラヴをしているお客さんもいらっしゃいませんでしたが:笑)、とても温かな雰囲気のライヴ・イヴェントとなりました。


サポートは、team 共倒れの中から、ギターの tam さんが参加。そして共演は、この日のために沖縄から駆けつけてきてくださった、SHINTARO MIYAGI さん。

私が SHINTARO MIYAGI さんのお名前と楽曲を知ったのは、たけださとしさんのポッドキャスト番組『歌のフリーマーケット』がきっかけです。その第108回で、SHINTARO MIYAGI さんのプロフィールと楽曲が紹介されています。

たけださとしの歌のフリーマーケット 第108回★立春過ぎてもまだ寒い。ならば音楽でぽかぽかに★(2011.02.11)

たけださんもポッドキャストの中で熱く語っておられることですが、SHINTARO MIYAGI さんは、sola さんと同様、ゲイ・ミュージシャン/アーティストとしての活動を指向なさっているかたです。

そして、そのオリジナル曲「WAGA PICCHAI SA-TA-TU」(わが・ぴっちゃい・さーたーとぅ)の歌詞は、標準語ではなくウチナーグチで書かれています。

ここで、かつての日本のゲイ・インディーズにおける沖縄音楽の流れを簡単に振り返ってみます。今年の3月2日にめでたく活動を再開した札幌の Device Thousand が、2004年8月15日にリリースした2nd シングル「AS TIME PASSES」の収録曲「SHINING」の中で、沖縄音楽風のテイストを取り入れていたのが、おそらく最初の例になるかと思います。

その後、福岡でゲイ・バー BAYO のマスターを勤めていらっしゃる髭熊バイヨンさんが、ゲイ・インディーズのミュージシャンのみなさんの活躍に触発されて、お店の名前と同じ BAYO 名義で、2007年4月にEP盤「沖縄へいきたい!」を発表なさっていますが、このEP盤に収録されている「天川-あまかわ-」が、日本のゲイ・インディーズにおける、より本格的な沖縄音楽の最初の楽曲だと思われます。ちなみに BAYO さんは、これまでのところライヴ活動は行なわれていませんが、現在までにEP盤を2枚、フル・アルバムを1枚リリースなさっていらっしゃいます。全タイトルが iTunes Store にて購入可能です。こちらからどうぞ。

また、muzie での楽曲配信やネトラジなど、ウェブ限定で音楽活動を展開されている、山口県出身の山下ケンタロさんは、2008年3月にオリジナルの「琉球恋歌」を、そして同年9月には琉球民謡の「唐船ドーイ」をエレクトロニカにアレンジしたシングルをリリースしていらっしゃいます。山下さんは、ゲイであることをオープンにして活動をなさっているインディーのアーティストさんとしてはおそらく初めて、ウチナーグチの楽曲をリリースなさったかたのはずです。

そして、今回の“pray and sing for 3.11 「僕らが奏でる祈りのうた」”に出演なさった SHINTARO MIYAGI さんは、沖縄県出身・在住のゲイ・アーティストさんとしては初めて、LGBTのライヴ・イヴェントに出演なさったかたとなります。

これは前述のたけださとしさんの『歌のフリーマーケット』の第108回の中でも語られていることなのですが、SHINTARO MIYAGI さんによると、沖縄にはLGBTによるアート・シーンというものがないそうで、LGBTのアーティスト/ミュージシャンとのネットワークを、SHINTARO MIYAGI さんは求めていらっしゃるのだそうです。

その意味でも、今回の“pray and sing for 3.11 「僕らが奏でる祈りのうた」”で SHINTARO MIYAGI さんがパフォーマンスをなさったことの意義は非常に大きいと、私は考えています。

今回の SHINTARO MIYAGI さんのステージの冒頭で歌われたのは、オリジナルの「田嘉里川」。この曲での楽器の使用はなく、完全に歌のみでしたが、その後は三線の弾き語りで、「安里屋ユンタ」や、先述のオリジナル曲「WAGA PICCHAI SA-TA-TU」がパフォーマンスされました。

SHINTARO MIYAGI さん


今回のライヴでの「WAGA PICCHAI SA-TA-TU」のパフォーマンスの模様が、既に YouTube で公開されているので、みなさまもぜひご覧ください。その冒頭では、ウチナーグチで書かれている歌詞の標準語訳が朗読されています。

“WAGA PICCHAI SA-TA-TU”
(Live, 2011.04.16)


SHINTARO MIYAGI さんのウェブサイトは、こちらです。




今回のライヴ・イヴェントでは、sola さんのサポート・ギタリストの tam さんもソロでカヴァー曲を2曲ほど披露なさいました。sola さんのライヴではコーラスも務められている tam さんですが、ソロ・パフォーマンスを披露なさった機会は、現在までのところ、それほど多くはありません。私は tam さんのソロを初めて拝見したのですが、今回のソロ・パフォーマンスも、実はその場で急きょ決まったものだったのだそうです。

そしてこの日は、お客さんとして会場にいらっしゃっていたしんすけさんも飛び入りで加わり、tam さんのギター伴奏で、BEGIN with アホナスターズの「笑顔のまんま」を歌われました。しんすけさんの歌声はとてもパワフルで、その歌詞の内容とも相まって、sola さんが今回のライヴで企図していたであろう、「息苦しさを感じている人たちに、うたを通じて安らぎを届けたい」という思いが具現化されたひとときとなりました。

tam さん tam さんとしんすけさん




そして、sola さんのステージ。

第一部では、オリジナル曲の「さくら さくら」「朧月夜」など、季節を意識した楽曲がメインとなっていましたが、前述した tam さんやしんすけさんのステージに続いた第2部では、sola さんも BEGIN のカヴァーを披露。「その時生まれたもの」が歌われました。

また、これまでにも中島みゆきさんのカヴァーをライヴで多く歌われてきた sola さんですが、今回は「時代」を披露。東日本大震災という巨大な喪失を経験した今の日本人の心情に、この曲の歌詞は、ある種の生々しさを感じさせるほどに、訴えかけてくるものをもっています。

そして、今回のライヴ・イヴェントのタイトル・ナンバーともいえる「祈りのうた」のパフォーマンスに続いて、介護職に就いている sola さんが体験した、震災当日の施設の様子(首都圏でも長時間の大規模停電が発生したため、首都圏の病院や介護施設でも、人の生死に関わる大きな混乱が起こっていたのです)や、被災地の介護施設が置かれている過酷な状況などが語られました。

そして歌われた、書き下ろしの新曲「凪」

「凪いでくれ凪いでくれと 両の手を合わせて祈る
もうこれ以上悲しいことは 起きないでくれとただ祈る

凪いでくれ凪いでくれと 両の手を合わせて歌う
いつかあなたが笑える日まで 死なないでくれとただ歌う」


今回のライヴに直接足を運ぶことが叶わなかったみなさまも、ぜひ、この動画で、sola さんの思いに、耳を傾けてください。

“凪”
(Live, 2011.04.16)




今回のライヴでは、オーディエンスのみなさんから、24,136円の義援金が集まりました。4月18日に、全額が Think the Earth 基金に寄付されたそうです。

sola さんのブログによると、この「僕らが奏でる祈りのうた」は今後も継続して開催していきたいとのことです。

今回は、開催決定から実施までの準備期間が短かったこともあり、参加したくともスケジュールの調整がつかなかったミュージシャンのかたも、少なからずいらっしゃったのではないかと想像しています。

次回開催の際には、より多くのLGBTミュージシャンのかたが、この「僕らが奏でる祈りのうた」に集ってくださることを、私は願っています。


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2011.05.05 Top↑
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