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虹組ファイツ4thライヴ フライヤー前回のエントリ同様、これもまた開催からずいぶんと時間が経ってしまいましたが、ライヴの観覧記を続けさせていただきます。

去る3月23日(土)、渋谷 REX を会場に、ゲイ・アイドル・グループ、虹組ファイツの4度目となるワンマン・ライヴ『虹組ファイツ単独ライブ4th ~みんなのハートに桜さけ!~』が開催されました。

(今回のライヴもデジカメ持参で臨んだのですが、うっかりメディアを挿入し忘れていたために、ライヴの様子を1枚も撮影できなかったのはナイショです。)

今回のエントリでは、この虹組の4度目の単独ライヴを観て、私が今現在の虹組ファイツについて、いろいろと考えた内容を、書いていこうと思います。ゆえに、実際にはライヴの観覧記というよりも、ライヴを素材に書いた虹組ファイツ論、としたほうが正確かもしれません。

特定のメンバーのかたについても、論じさせていただくつもりです。しかし、それは名指しの批判などではないです。今回のエントリの趣旨は、あくまでも「虹組ファイツのこういうところが興味深い」という話であって、批判ではありません。前回のエントリが批判的な内容のライヴ観覧記なので、今回も引き続きそのような内容であるように思われるかたもいらっしゃいそうなのですが、それは違います。その点はどうか誤解のなきよう、最初にお願いをしておきます。



さて。

私が虹組ファイツのライヴに足を運んだのは、2010年11月7日に開催された、初のワンマン・ライヴ『虹組ファイツ1st コンサート みんなの事がダイスキ!』以来のことです。その観覧記も、このブログには掲載しています。

虹組ファイツ1st コンサートを観てきたよ!(2010年11月14日掲載)

しかし、私はその後、体調を大幅に崩して入院してしまったり、退院してからも回復に時間がかかり、虹組ファイツのライヴだけでなく、レジャー目的の外出そのものが激減してしまいました。

実はその時期に、虹組ファイツの運営側のかたから、私が撮影した虹組ファイツのライヴの写真を宣材用に使わせてほしいという依頼のメールをいただいたことがあったのですが、当時の私は、メールの返信もできないほどに病状が酷く、結果として大きな不義理をしてしまいました。もしも虹組運営側のかたが、このエントリをお読みになることがあるのでしたら、改めてお詫びを申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。

かようにして私が虹組ファイツのライヴから遠ざかってしまっていたあいだに、虹組ファイツは、グループとしての性質が、大きく変化していました。

ひとことで言うと、現在の虹組ファイツは、当初の結成コンセプトであった「ゲイアイドルグループごっこを楽しむサークル集団」としてそのまま受容されているのではなく、本当にアイドルとして受容されるようになっていました。

それが、今回の単独ライヴを観て、私が最も強く感じた、以前からの変化でした。

もちろん、これはすべての性別・性的指向のお客さんに門戸が開かれていた今回のライヴを観ての話なので、ゲイ・オンリーのクラブ・イヴェントのショー・タイムに虹組のみなさんが出演されたときのオーディエンスの雰囲気は、また違ったものになるのかもしれませんが、私の現状の体調と体力では、クラブ・イヴェントの現場に朝までいるのは難しく、ゲイ・オンリーのクラブ・イヴェントでの虹組のみなさんのパフォーマンスは未見の状態で、ゆえにクラブ・シーンでの虹組ファイツの現在の受容の様子を私が正確に把握することはできないのですが、出演頻度の高さから見ても、現状の虹組ファイツは、ゲイ・シーン全般において、確固たる地位を築き上げていることは、確実に言えると思います。



当初の虹組ファイツは、田中守さんと共に監督(=プロデューサー)を務めていらっしゃった城野祐樹さんが、元来は素人指向のかたであったことなども関係してなのか、CDのリリースや関連グッズの制作・販売などは、積極的には行なっていませんでした。

これは、見方の角度を変えると、ライヴの入場料はかろうじて例外としても、虹組ファイツの活動内容に対価を発生させる(つまり虹組ファイツの活動に商業的性質を持たせる)ことを、おそらくは意識的に避けていた、ということでもあったように思います。虹組ファイツの活動はあくまでもサークル活動なのだから、それが商業的性質を帯びることについて、城野さんのような素人指向のかたは、否定的ではないまでも、慎重に臨んでいたように私には感じられていました。

しかし、城野さんが監督を退任して以降の虹組ファイツは、楽曲の路線やパフォーマンスのカラーそのものに大きなブレは生じていないのですが、それ以外の部分、つまりCDのリリースや関連グッズの制作販売、そしてソーシャル・メディアをフルに活用した積極的なプロモーション活動などといった、いわばビジネスの部分にも、大きな力を注ぐようになりました。ゲイ・イヴェント以外のライヴ出演も、精力的に行なっています。

このようなビジネス部分への傾注を、私は否定的にはとらえていません。そもそも、アイドルという存在は、最初から商業的なものだからです。

周辺スタッフによる販売戦略も含めた上での、アイドルという存在なんですよね。

たとえば、AKB48の販売戦略は、しばしば「AKB 商法」という言葉で批判の対象になっていますが、AKB48がアイドルである以上、そうした販売戦略は当然の話であって、AKB48(およびその姉妹グループ)だけが悪く言われる所以はないと、私は思います。

それはさておき、楽曲周辺のビジネス部分にも大きな力を注ぐようになったことで、商業性を強めた現在の虹組ファイツのあり方というのは、楽曲やステージ・パフォーマンスといった「作品」以外の部分でも、その「ゲイアイドルグループごっこ」を徹底するようになった、という見方も可能であり、むしろそれこそが、虹組ファイツが商業性を強めた真の意図であったと、私は理解しています。

こうしたビジネス部分での努力が実を結んで、虹組ファイツは、そのファン層を大幅に拡充することに成功しました。当初は虹組ファイツの存在をスルーしていた一部のゲイ・メディアでさえも、現在では虹組ファイツに大きく注目し、もてはやすようになっており、その活躍ぶりには痛快さを覚えるほどです。

そして今回、私が久しぶりに虹組ファイツの単独ライヴに足を運んで、強く感じたことというのは、先述したとおり、その活動規模の拡大に伴う、従来からの客層の変化と、「受容のされ方」の決定的な変化でした。



虹組ファイツのライヴには、その最初期の時点から、既に女性のお客さんもいらっしゃっていました。

しかし、決して数は多くありませんでした。

ところが。

今回の単独ライヴでは、会場にいらっしゃったお客さんのうち、私の見た限りでは、およそ4分の1が、女性のお客さんでいらっしゃったんですよね。

そして。

それらの女性のお客さんがたによる、虹組ファイツの受容の仕方は、「ゲイアイドルグループごっこを楽しむサークル集団」の、その「ごっこ」ぶりを楽しむ、という性質のものではなかったように感じました。

それらの女性のお客さんがたは、虹組ファイツのことを、正真正銘の「アイドル」として、つまり「憧憬の対象」として、楽しんでいらっしゃったんですよね。

今回、私のすぐ隣には、女性のお客さんのグループが陣取っておられました。そして、この女性のお客さんがたは、最初から最後まで、「かわいいー!」という歓声を連発しながら、楽しんでいらっしゃったんですよね。

こうしたリアクションは、女性のお客さんだけではなく、おそらくは20代前半の、若いゲイ男性のお客さんがたにも共通して見られた傾向でした。

かつて私が虹組ファイツのライヴに足を運んでいた、2009年から2010年ごろの客層と比べると、今回のライヴに集まっていらっしゃったゲイ男性のお客さんがたは、明らかに若いかたが中心でした。

主要年齢層が、全然変化していたんです。

そして、そうした若いゲイ男性のお客さんがたも、虹組ファイツのことを「ゲイアイドルグループごっこのサークル」としてではなく、普通に「アイドル」として受容なさっている様子でした。

というのも、それらの若いゲイ男性のお客さんがたも、やはり女性のお客さんがたと同様に、「かわいいー!」という歓声を幾度も上げながら、ライヴを楽しんでいらっしゃったんですね。

もちろん、20代前半の若いゲイ男性のお客さんがたと、女性のお客さんがたとでは、そこで発された「かわいいー!」という歓声の中身が、微妙に異なっているとは思います。女性のお客さんがたによる「かわいいー!」は、CX の『笑っていいとも!』などで人気の「イケメンなのにオネエ」というキャラクターのかたに贈られる女性からの黄色い声援と、ほぼ重なるものであり、20代前半の若いゲイ男性のお客さんによる「かわいいー!」という声援とは、ゲイの当事者性の有無という部分から生じる差異がある、とは思います。

ただ、虹組ファイツというグループの「ごっこ」ぶりを楽しんでいるのではなく、本当のアイドルとして虹組を享受している――より正確に言うと、アイドルという大きな枠組みの中に属する、変化球的な一つのジャンルとして「ゲイ・アイドル」という存在を享受している――という点では、20代前半の若いゲイ男性のお客さんがたと、女性のお客さんがたの受容の仕方は、ほとんど違いはないと思います。



対して、かつての虹組ファイツのライヴの客層は、虹組ファイツの「ごっこ」ぶりを楽しむ層、言い換えれば、虹組ファイツの「女性アイドルのパロディ」としての性質を楽しむ層が中心であったように思います。というのも、パロディとしての性質がより強く前に出ている場面において、お客さんのあいだから笑いが起きる頻度は、当時のほうが明らかに高かったからです。

しかし、2013年現在、虹組ファイツの単独ライヴに集まるお客さんのうち、そうした客層はずいぶんと減っているのだなあ、という感触を、私は受けました。

特にそれを強く感じたのは、SATOSHI'S 56 USE 名義での手塚智史さんのソロ曲「I can believe yourself alive」のパフォーマンス場面。

この曲は、虹組ファイツ関連の楽曲の中でも、パロディの性質が最も強い1曲で、2010年ごろの虹組ファイツのライヴに集まっていた客層も、この曲をパロディとして受け止め、その絶妙なサジ加減を絶賛する意味での笑いが、客席には湧き起こっていました。

しかし、今回の単独ライヴの主な客層は、この手塚さんのソロ曲をパロディとしては享受していなかった――というよりも、今回の単独ライヴのお客さんに対してはパロディとして機能していなかった――という雰囲気を感じました。

20代前半の若いゲイ男性のお客さんについては、この曲の元ネタとなっている華原朋美さんの全盛期の記憶がおぼろであるという要因もあるのでしょうが、2010年からのたった3年でここまで記憶の風化が進んでしまうというのもおかしな話であって、これはもう、虹組ファイツのオーディエンスの主要年齢層が、2010年時からは決定的に変化してしまった、ということの表れなのだろうなあ、と思いました。

また、私の隣にいらっしゃった女性のお客さんがたについては、そういった世代的な要因が働いているというよりは、虹組ファイツのことをそもそもの最初からパロディとしては受け止めていない、という感じでした。

それらの女性のお客さんがた(だけでなく、20代前半の若いゲイ男性のお客さんがたも)は、虹組ファイツに代表される「ゲイ・アイドル」という表現形式が、いったいどのような過程を経て成立・発展してきたのかという、ゲイ・カルチャーの背景知識を、たぶん持ってはいません。だからこそ、先にも述べたとおり、それらのお客さんたちは、「ゲイ・アイドル」という存在を、既存の女性アイドルの表現の上に成り立っている、一種の二次創作的な戯画表現としては、たぶん最初から受け止めてはいないのだと思います。仮に、「ゲイ・アイドル」の成立過程についての知識があったのだとしても、「ゲイ・アイドル」やドラァグ・クイーンといった表現形式が、元来は女性性の戯画表現として成立・発展してきたということの意義は、オネエのゲイ男性を最初から「かわいい」と感じることのできる感性を持ったお客さんがた(=女性性嫌悪や、それと表裏一体の過剰な男性性崇拝などとは無縁のお客さんがた)にとっては、ゲイ・カルチャーを享受する上で特には必要がないものなのです。だから、そうしたお客さんがたは、「ゲイ・アイドル」のことを、アイドルという大きな枠組みの中に属している、従来からのアイドル像の一変形、一種の変化球的ジャンルとして享受している。と、そういうことなのではないか、と私は考えています。

それらのお客さんがた(これは女性のお客さんがたに限らず、オネエキャラを戯画ではなく「かわいい」ものとして享受している、20代前半の若いゲイ男性のお客さんがたも含めます)にとって、「ゲイ・アイドル」とは、「ゲイ男性による、既存の女性アイドルの戯画」という、「性の戯画表現」である必要性が、最初からないのです。

だから、「憧憬の対象」として理解・享受されている。

そういう雰囲気を感じました。

ゆえに、手塚さんのパフォーマンスも、そうした女性のお客さんがたにとっては、もはや二次創作的な戯画表現ではないんですね。

そうではなく、一面では既存の男性アイドルの表現と同様の、普通にシリアスな音楽表現として受け止められていたようでした。



もう一つ、私の印象に強く残った場面は、実はメンバーのみなさんの自己紹介でした。

それぞれのキャッチ・フレーズに続いて、「背番号○○番の△△××でぇす!」と、メンバーのみなさんがお一人ずつ自己紹介なさるたびに、私の隣にいらっしゃった女性のお客さんがたは「かわいいー!」と大はしゃぎしていらっしゃったんですね。

特に、オネエキャラを前面に出していらっしゃるメンバーのかたのときほど、それらの女性のお客さんがたの「かわいいー!」という歓声は、ヒート・アップしていたんです。

これもまた先にも述べているように、「イケメンすぎるオネエ」が人気を博している現在では、「オネエであること」もまた、イケメンを形作る要素の一つとして機能しているらしく、虹組メンバーのかたがオネエであればあるほど、それらの女性のお客さんがたにとっては、「かわいいー!」の度合いが跳ね上がって感じられていたようなんです。

こうしたリアクションも、2010年当時の虹組ライヴの客席には、あまりなかったものです(皆無ではなかったのでしょうが、必ずしも主流ではなかった、という意味です)。

虹組ファイツは、本来は「ゲイアイドルグループごっこ」からスタートしている集団のはずなので、こうした自己紹介の中で表現されている各々の誇張されたキャラクター設定も、原則的には「ごっこ」の一環です。そして、「ごっこ」であるからには、それは「アイドルのパロディ」でもあるはずで、したがって虹組ファイツ(に限らず「ゲイ・アイドル」全般)の従来の基本性質は「コメディ」のはずであり、実際、かつてはそのように受容されていたのですが、私の隣でライヴをご覧になっていた女性のお客さんがたは、メンバーのみなさんの自己紹介を、決して「コメディ」とは受容なさっていなかった。

「憧憬の対象」を目の前にしている喜びの笑顔はあっても、各々のキャラクター設定に対する笑いは一切ないんです。

爆笑も、失笑も、苦笑もない。

そのかわり、ひたすら「かわいいー!」と大喜びしていらっしゃる。

その様子を見て、私は、

「ああ、虹組ファイツは本物のアイドルになっちゃったんだなあ」

と、思いました。

結局、ビジネス部分の充実といった面にも表れ出ているように、虹組ファイツが「ゲイアイドルグループごっこ」を極めれば極めるほど、そのあり方は「本物のアイドル」に近づいていくということなのだから(究極の「ごっこ」とは、「本物」との差異がもはや存在しなくなることです)、したがって虹組を演じているご本人がたが、あくまでもこれは「ごっこ」であるという意識を貫いていたとしても、それを受容する側にとっては、「ごっこ」との違いは、もはや存在しなくなります。そして、「ごっこ」であることの意義も、受容側には無関係なものになってしまう――これは、先にも述べた「ゲイ・アイドル」の成立・進化の過程についての知識の有無や、女性性や男性性に対する過剰反応の有無という受容側の事情も、大きく関わっています――ということなんだろうと思います。

だから、とりわけ虹組ファイツがビジネス面にも力を入れ始めて以降にファンになられたというかたたちにとっては、虹組ファイツは、本来の姿である「ゲイアイドルグループごっこ」などの集団ではなく、最初から「ゲイのアイドル・グループ」として受容されているのだと、私は思いました。

そして、それと同時に、私のように虹組ファイツを「ゲイアイドルグループごっこ」として受容している(つまり、虹組ファイツの表現の性質を原則的にはパロディとして受容している)者は、現在の虹組ファイツの主要なオーディエンスでは、もはやないのだな、ということも、強く感じました。



……と、このような書き方をすると、まるで私が今現在の虹組ファイツに否定的であるかのような印象を、このブログをご覧くださっているみなさまに与えてしまいそうなんですが、何も私は、現在の虹組ファイツを否定しているわけでも、批判をしているのでもないです。

そもそも虹組ファイツは、先にも述べているとおり、楽曲やパフォーマンスのカラーそのものに、ブレが生じているわけではありません。ただ、楽曲以外の部分でも「ゲイアイドルグループごっこ」を徹底させた結果として、オーディエンスは虹組を、本物のアイドルと同列に受容するようになった、ということであって、それは当然の帰結であり、「ゲイ・アーティスト」の受容のされ方としては、これは理想形の一つでもあり、決して虹組ファイツがおかしな方向に進んでしまったとは考えていません。

そうではなくて、虹組ファイツが実際にデビューするまでの経緯をリアルタイムで見てきた者の一人として、現在の虹組ファイツの活動の規模の大きさと、それに伴う受容のされ方の変化を見るにつけ、もはや虹組ファイツが、私の手には届かない、遠いところに行ってしまった感じがして、一抹の寂しさを覚えてしまった、ということなのです。このエントリの文面に滲み出てしまっている、その一抹の寂しさを、批判的なニュアンスと誤解されてしまうことを、私は恐れています。

虹組ファイツの「受容のされ方」の大きな変化に、自分が旧態然の存在となってしまった寂しさが、どうしても文面に滲み出してしまうのです。どうか許してください。

虹組ファイツというグループは、ゲイのミュージシャン/アーティストの作品を専門に送り出していたインディー・レーベル、YOURFACTORY RECORDS を主宰なさっていた城野祐樹さんと、2009年の結成当時には既に「(元来の意味での)ゲイ・アイドル」としてゲイ・インディーズ・シーンで大活躍をなさっていた田中守さんのおふたりを中心として、mixi 内に立ち上げられた『ゲイアイドルグループをつくろう』というコミュニティを通じて、メンバーの募集やグループ名の決定が行なわれたサークル集団です。

そうした結成に至るまでの一連の経緯を、私はリアルタイムで拝見していました。

それだけでなく、虹組ファイツにとって初めてのライヴ出演となった、2009年4月11日の『INSIDE OUT the LIVE 2009 SPRING』も、私はリハーサルの段階から拝見させていただきました(当時、ゲイ・ミュージック関連の記事の連載をさせてもらっていた某ウェブ・マガジンの取材として、リハーサルにも立ち合わせてもらったのです)。

その時のメンバーのみなさんの初々しさは、今でも強く印象に残っています。

『INSIDE OUT the LIVE 2009 SPRING』の時点では、岡本忍さん以外のメンバーのみなさんは、ライヴ出演の経験が全くありませんでした。そのため、リハーサルの時点では、メンバーのみなさんは文字通り尻込みをなさっていて、無意識のうちにステージの尻のほうに下がってしまっていたんですよね。ところが、この日はマイク・スタンドが使われていたため、ステージの尻にジリジリと下がってしまうメンバーのみなさんの声をマイクが拾うことができず、ヴォーカルが完全にオケに埋もれてしまっていたんですね。

そんなメンバーのみなさんの様子を心配なさった、城野さんのパートナーの HISAO さんや、私こと藤嶋や、既にライヴ出演の経験豊富な他の出演者のみなさんが、寄ってたかって(という表現がふさわしいほど一斉に大勢で)メンバーのみなさんにアドヴァイスを行ないました。「もっとステージの面に出ないと、モニターが聴きとれないし、お客さんの目にはいかにも萎縮しているように見えてしまう」とか、「マイクを奪いに行くくらいの勢いが実はちょうど良い」とか、そんな感じで。

その結果、虹組ファイツ初ライヴの本番のパフォーマンスは、リハーサルからは見違えるほど、イキイキとしたものになったのです。

本番直前、藤嶋がメンバーのみなさんに、「本番では積極的にマイクを奪いに行きなさいよ!」と姐御調で発破をかけたところ、「ハイ! 奪いに行きます!」と実に初々しい返事が戻ってきたことを、今でもよく覚えています。

……などと、思わず昔がたりをしてしまいましたが。

そのように初々しかった初ライヴの、その舞台裏までも目にしている私にしてみれば、現在の虹組ファイツの活動規模の大きさと、その人気者ぶりは、「なんだかずいぶんと、遠いところに行ってしまったなあ」という感傷と感慨を、私の中に湧き起こさせるものだったのです。



こんなふうに、センチメンタル過多な性格をしているせいで、先述したメンバーのみなさん一人ひとりの自己紹介の直後に、リーダーの岡本忍さんが発した、それらの自己紹介への感想の一言、「ドン退いちゃいました」には、ものっそい安心感を覚えてしまった私です(笑)。

「ああ、岡本忍は、良い意味で昔から変わらずにいてくれているな」と。



岡本忍さんは、虹組ファイツが現在のように本当に「アイドル」として受容されるようになろうとも、田中守の名義で初めてゲイ・インディーズ・シーンに登場なさったゼロ年代前半のころから一貫して、「ゲイアイドルごっこ」という表現スタンスに、全くブレがないんですね(それが意識的なものなのか、無意識的なものなのかは、私は岡本さんと個人的に突っ込んだお話をさせていただいたことがないので、正確にはわかりませんが)。

メンバーのみなさんの自己紹介のあとに続いた「ドン退いちゃいました」発言も、そうした岡本さんの「これはあくまでも『ゲイアイドルごっこ』である」というスタンスがあるからこそ、初めて成立する類のジョークなんです。

虹組ファイツ全体はともかくとして、岡本さん個人について言えば、岡本さんご自身は、何も本物のアイドル足ろうとしているわけではないように、私は感じます。

岡本さんが「ゲイ・アイドル」としての活動の中で表現しようとなさっているのは、女性アイドルという存在そのもののユニークさ、可笑しさ、ある一面ではそのいびつさ、そしてそれらの要素の影に埋もれてしまいがちな、歌謡曲というジャンルの、音楽性の高さ。そして、そのような性質をもつ女性アイドル・ポップスをゲイ男性が歌うという行為から生じる、性的ギャップの面白さと可笑しさ。――それこそが、「(元来の意味での)ゲイ・アイドル」であり「ゲイ・ミュージシャン」である、岡本忍という表現者の本質だと、私は考えています。

つまり、岡本さんは、アイドルという存在に自己同一化を図っていらっしゃるというよりも、むしろアイドルという存在に対して、常に一定の距離を置き、アイドルという存在を外側から見つめる、いわばメタ・ゲイ・アイドルとでも呼びたくなるようなスタンスを、常に保っていらっしゃるんですね。

(こうした観察眼の鋭さという要因が、「ゲイならではの知的な笑い」や「ゲイならではの批評性」に繋がっているということは、マツコ・デラックスさんやミッツ・マングローブさん、そしてブルボンヌさんなどのドラァグ系のゲイ・タレントのかたが、マス・メディアの世界でどのように受容されていらっしゃるかを見れば、これはもう明らかだと思います。)

「ゲイアイドルごっこ」が「ごっこ」ではなくなってしまう一線を、少なくとも岡本忍さん個人についていえば、岡本さんはその一線を本能的に見極め、それを超えることなく、あくまでも「ごっこ」の領域に、踏みとどまり続けていらっしゃいます。

その表れが、他のメンバーのみなさんのアイドルぶりに対する、「ドン退いちゃいました」という「落とし」の一言であると、私の目には映りました。

岡本さんのこうした側面は、なにも今回のライヴに始まったことではなく、既に虹組初期のライヴにおいても、虹組ファイツのことをオーディエンスのみなさんに対して「痛い子ちゃんたちの集団です」と自虐的に自己紹介なさるなど、「ゲイ・アイドル」としての岡本さんのステージ・パフォーマンスの中には、ゲイ男性が女性アイドル風の楽曲を歌うことへの自虐的な自己言及と、それが「ごっこ」であることを明示する二つの自己言及が、常に表れています。

「ゲイ・アイドル」とは何なのかについての自己言及が、その表現活動の中には常に込められているから、だから、メタ・ゲイ・アイドル。

このような岡本さんの、アイドルという存在へのメタ的なスタンスは、虹組初期はもちろんのこと、岡本さんが田中守名義でデビューなさったゼロ年代前半のころから、全くブレていないんです。

それ故に、私は岡本さんの「ドン退いちゃいました」発言に、安心感を覚えたんですよね。

「ああ、虹組ファイツの受容のされ方がどれだけ変化しようとも、岡本忍の表現者としてのスタンスは、周囲の状況の変化に流されることなく、しっかりと保たれているのだなあ」と。

加えて、私自身は必ずしも女性アイドル・ポップスの熱心なファンというわけではなく、どちらかといえばLGBTミュージックという観点から虹組ファイツのことを応援しているという人間なので、したがってアイドルという存在に対する憧憬とか感情移入は、私の中にはそれほどないんですね。そんな私にとって、いちばん共感できる虹組メンバーのかたというのは、実はアイドルという存在を「自己同一化の対象」としてではなく「観察対象」として外側から眺めている、メタ・ゲイ・アイドルの岡本忍さんなんですね。

その意味でも、岡本忍さんがステージに登場すると、私はものすごく安心感を覚えました。

いわゆる「元祖」とか「エポック・メイキング」などという修辞で語られることの多い人物や作品は、その後に続いた流れの中でその存在を史的に位置づけようとすると、実は異端となってしまっていることは、珍しくありません。たとえば小説の分野では、推理小説の世界における江戸川乱歩さんや、少女小説の世界における新井素子さんなどがその典型です。そして、「ゲイ・アイドル」の世界における岡本忍(=田中守)さんも、2013年の現在では、「元祖」であるがゆえに「異端」となっているような気が、私はしました。

たぶん、2013年現在の「ゲイ・アイドル」の受容のされ方の中で、岡本忍という「ゲイ・アイドル」は、そのメタ的性質ゆえに、たぶん「異端」です。

でも、だからこそ、「表現者」としては非常に卓越した存在のかたなのです。



それから、岡本忍さんとは別の意味で、「ああ、このかたもメタ・ゲイ・アイドルに近い佇まいのかただなあ」と感じさせられたのが、背番号33番の、南浩平さんです。

南さんは、私が最後に虹組ファイツのライヴを拝見させていただいた、2010年11月7日の『虹組ファイツ1st コンサート みんなの事がダイスキ!』の時点では既に虹組に加入なさっていましたが、この『1st コンサート』が、南さんの虹組としての初めてのライヴ出演であったように記憶しています。違っていたらすみません。

それ以降、私は体調を崩してしまった関係で、虹組に限らずライヴ観覧そのものから遠ざかってしまっていたのですが、その間にも虹組の活躍ぶりそのものはネットを通じて聞き知っていたので、南さんがどんどん頭角を現して、虹組ファイツというグループ内だけでなく、虹組ファイツの看板を背負って、ゲイ・コミュニティとゲイ・メディアという大きな枠組みの中でも、その存在感を強めていらっしゃることを、ネット越しにではありますが、ずっと拝見していました。新宿二丁目発の USTREAM 番組にゲスト出演なさったり、新宿二丁目のコミュニティ・センター、akta のマンスリー・ペーパーの表紙も、単独で飾っておられます(2013年2月号)。

そんな南さんのライヴ出演を拝見するのは、私は今回で2回目だったのですが、ステージ・パフォーマーとしての南さんのずば抜けた完成度の高さが、非常に印象に残りました。

私は南さんのこれまでの経歴について、ほとんど何も存じ上げていないのですが、私の目には、「ああ、このかたは単なるアイドル好きの一般人じゃないな」と映りました。

ダンスやヴォーカルのスキルが単に高いだけでなく、その運動量に対して、呼吸の乱れとか発汗量が他のメンバーのみなさんと比べて明らかに少なくて、そういった面に表れ出ている身体能力の高さが、明らかに専門的な訓練を積んだ人のそれであるように、私には感じられました。それ以外にも、たとえば目線の配り方とか、トークの場面における絶妙な間合いの取り方とか、単なる「ステージ慣れ」という要因だけでは絶対に身に着かない、「職業パフォーマーとしての技術」が、自ずと滲み出していらっしゃる(南さんのご本業と経歴を私は存じ上げていないので、これはあくまでも「私の目にはそう見えた」という話です。しかし、虹組以前にステージ経験がなかったのだとしたら、これはちょっと怖いくらいのレヴェルだと思います)。

それに加えて、私が「この人は一般人じゃない」と感じた点というのは、南さんのセルフ・プロデュース能力の高さです。

ご自分のキャラクターをオーディエンスに印象づけようとなさるときに、南さんの場合は、派手な言動によって力技で目立とうとするよりも、たとえばトレード・マークであるカラフルでポップなデザインのフレームのメガネに代表されるような、他のメンバーのかたから浮き上がらない程度の差別化を図ることのできるアイテムを身につけて、実にファッショナブルなイメージを自己演出なさっているんですね。

これって、簡単そうに見えて、実はかなりの高等技術です。

実際に何らかの形で「パブリックに見せる」という商業体験を積んだかたでないと、ファッションによるキャラクター演出って、相当難しいはずなんですよ。

また、実際のパフォーマンスの場面においても、南さんはグループ全体のバランスを壊してしまわない程度にご自分をオーディエンスに印象づけるサジ加減というものを、しっかりと心得ていらっしゃる印象を受けました。「俺が、俺が」と闇雲に突出するよりも、「南浩平」というキャラクターのイメージを、実に効果的に、テクニカルに演出なさることに、より大きな比重を置いていらっしゃるような雰囲気。

こうしたセルフ・プロデュース能力の高さは、そのパフォーマンス・スキルと身体能力の高さも相まって、「もしも南さんが、単なるアイドル好きの一般人であったなら、ここまではできないはず」という印象を、私に強く与えたのですが、それは見方の角度を変えると、南浩平さんという「ゲイ・アイドル」は、「大好きな女性アイドルと同じように、自分もステージの上で歌ったり踊ったりすることができて、嬉しい! 楽しい!」という、「ごっこ」の楽しさそれ自体をモチベーションとしていらっしゃるというよりは、虹組ファイツというグループを、いかに効果的に、テクニカルに盛り上げていくかという部分に、表現者としてのやりがいと手応えを、より強く感じていらっしゃるような、そんな雰囲気を、私は感じたんですね。

そうしたプロデューサー的視点というものが、南さんというかたの場合には、実際のパフォーマンスの中にも表れ出ているところが、非常に特徴的であったように、私は思います。先に述べたファッション・アイテムの効果的な使用も然り。また、おそらくは実際に表に出ている以上に本来はもっとレヴェルが高いであろうそのパフォーマンス・スキルを、「南浩平」の最大の売りとしてしまうよりは、あくまでも「南浩平」というキャラクターの構成要素の一つとして、おそらくは抑制をもって取り扱っていらっしゃるところとか。

このように、「(現状の意味合いでの)ゲイ・アイドル」を演じていらっしゃいながらも、同時にプロデューサー的な視点で、実に巧みに自己演出をなさっている南浩平さんは、そのプロデューサー的な視点ゆえに、岡本忍さんと同様に、アイドルという存在を冷静に外側から観察して、その観察結果を、「南浩平」というキャラクターと虹組ファイツというグループの活動に還元なさっている。

そういう雰囲気を、私は感じるんです。

そうした、アイドルというものに対して一定の距離感を保っているという点では、南浩平さんと岡本忍さんは実は非常に近い存在で、つまり南浩平さんも、やはりメタ・ゲイ・アイドル的なかたなんですよね。

ただ、岡本忍さんの場合は、これが「ごっこ」であるということの明示とか種明かしのようなもの(その一例が、先にも述べた「ドン退いちゃいました」発言です)が、そのパフォーマンスの中には常に込められていることによって、岡本忍という表現者の「素」の部分が、しばしば顔を覗かせています。というよりも、「素」の部分が顔を覗かせているからこそ、実はそこで何が表現されているのかという、「表現者の意図」のようなものが、岡本さんの場合は、非常にわかりやすく伝わってくるのですが、一方の南浩平さんの場合は、「ごっこ」の明示が、ほとんどないんですね。

これはおそらく、「ごっこ」の定義が、岡本さんと南さんとでは、たぶん異なっていることに拠っていると思います。

岡本さんと南さんのおふたりに限らず、虹組メンバーのかたたちのあいだで、「ゲイアイドルグループごっこ」とは何なのかの定義が、どのようになされているのか、私にはわかりませんが、たぶん虹組メンバーのかたたちのあいだでは、「ゲイアイドルグループごっこ」の定義がさまざまであり、「ごっこ」を女性アイドルのパロディ的な性質の、戯画表現として理解していらっしゃるかたと、ゲイ男性が女性アイドルとほぼ同じ種類の表現行為をすることそれ自体が「ごっこ」であると認識していらっしゃるかたとが、混在しているように、私には感じられます。

そして、岡本さんは前者のタイプ、南さんは後者のタイプなのではないでしょうか。もちろん、これは「ごっこ」の明示の有無を基準にしての話に過ぎず、厳密には当てはまらない部分も多々あるとは思いますが。

女性アイドルと同じ種類の表現活動をすることそれ自体が「ごっこ」であるという、そうしたメンバーのかたたちにとっては、岡本さんがやってみせていらっしゃる種類の「ごっこ」の明示は、たぶん最初から必要性が生じていない、ということなのだと思います。

このように、「ごっこ」の定義と、「ごっこ」に臨むスタンスが、メンバーのみなさんそれぞれのあいだで異なっている、そうした雰囲気が以前よりも際立って感じられたのも、今回の単独ライヴで私の印象に残った点の一つです。

そして、これはあくまでも私個人の感触なのですが、おそらくは虹組ファイツがビジネス面にも力を入れるように変化したことで、虹組ファイツのメンバーのかたのあいだでも、虹組ファイツの活動の性質を「ごっこ」とは最初から認識していらっしゃらないかたの数が、たぶん以前に比べて増えているように思いました(そうしたメンバーのかたにとっては、「ゲイ・アイドル」という言葉の定義自体も、たぶん以前とは異なってきているはずです)。

もちろん、この「メンバー間のスタンスの違い」という点についても、批判的な意味合いで書いているのではないです。たとえばモーニング娘。や AKB48といった大所帯グループも、メンバーのみなさんの芸能活動へのスタンスは十人十色であるのと同じことで、これによって大所帯のアイドル・グループはさまざまな個性の集合体となっています。虹組もまた、メンバーのみなさんによる「ごっこ」の認識と、その取り組み方がまちまちであることによって、「ゲイ・アイドル」の受容の仕方がさまざまに異なっている多様なオーディエンスを取り込むことに成功していると思うし、そういう以前に、そもそも虹組が「サークル」である以上は、メンバーのみなさんの活動に臨むスタンスがさまざまであることを、むしろ尊重していらっしゃるはずです。

そして、南さんというメンバーのかたの場合は、本来は「遊び」である「ごっこ」を、非常にプロフェッショナルな姿勢で徹底していらっしゃるかただ、という印象を受けました。

南さんが虹組の主戦力として活躍されるようになっていった過程と、虹組全体が商業性を強めることによって「ゲイアイドルグループごっこ」をさらに加速させるようになっていった過程は、ほとんどピッタリと重なり合っています。だからというわけでもないでしょうけれど、南さん個人もまた、「ごっこ」ぶりが非常に徹底していらっしゃるかたであり(ただし、アイドルに「なり切っている」という陶酔感のようなものは、南さんの場合にはむしろ希薄で、どちらかといえば「ごっこ」へのプロ意識のようなものを感じます)、それゆえに南さんは、岡本さんとは違って、「素」の部分が、少なくともその表現の中からは、あまり見えてこないんですね。

これもまた批判的な意味で言っているのではなく、アイドルを演じるということは、「素顔の私」を表現するという類のものでは、最初からないので、「素」の部分が見えないという南さんのありようもまた、先に述べたような、「ごっこ」を極めた結果としての「本物との差異の消失」を示すものであり、その意味でも南浩平さんという存在は、城野さんの監督退任後の虹組ファイツの、グループとしての性質を、最も象徴的に体現なさっている。そのように、私には感じられます。

岡本さんと南さんのおふたりは、そのプロデューサー的な視点ゆえに、メタ・アイドル的な性質を備えていらっしゃるという点では大きく共通していながらも、岡本さんの場合は、「ごっこ」が「ごっこ」でなくなってしまう一線を決して越えることはなく、一方の南さんは、「ごっこ」を極めることによって、「ごっこ」の領域を超えていらっしゃる

このおふたりの対照が、私には大変興味深いのです。

南さんは既にソロ活動もなさっていますが、「ごっこ」が「ごっこ」でなくなってしまう一線を絶妙に踏みとどまっていらっしゃるプロデューサーの田中守さん(=岡本忍さん)が、かたや「ごっこ」を極めることによって「ごっこ」を超えた「本物のアイドル」として受容されていらっしゃる南さんを、今後はどういった方向性でプロデュースしていくのか。

南さんのパフォーマーとしてのポテンシャルの高さゆえ、おふたりのコラボレーションによって生み出される「ゲイ・アイドル」像の新しい可能性は、実に多岐に渡っていると思うんですね。「かくあらねばならぬ」という絶対的な一つの方向性が存在しているのではなく、岡本さんや南さんのようなセルフ・プロデュース能力の高いかたのご活躍の如何によって、たぶん「ゲイ・アイドル」という存在の定義は、いくらでも変化していくし、それを規定づけてしまうだけの力が、特にこのおふたりには強く備わっていると、私は感じています。

「ゲイ・アイドル」という言葉がどのような存在を指しているのか、2013年の今は、たぶん過渡期というか、変化の境目のような時期にあるような気が、私はするんですよね。「ゲイ・アイドル」とか「ゲイアイドルごっこ」といったものに、オーディエンスのかたたちだけでなく、おそらくは虹組メンバーのかたたちのあいだでも、明確な共通意識が実は存在していないのではないか、という。

その意味では、虹組ファイツという集団自体も、実は過渡期に入りつつあるような気が、私はします。

どんなアーティストの場合でも、そのキャリアの絶頂期というのは、次におとずれるであろう変革期の序章です。

今現在の虹組ファイツは、誰の目から見ても絶頂期を迎えているからこそ、同時に過渡期に差しかかっている、と言えます

そして、岡本さんと南さんのコラボレーションというのは、過渡期にある「ゲイ・アイドル」という言葉の定義を、さまざまな方向へとさらに進化させていく可能性を、強く秘めていると思います。

おふたりのコラボレーションが、今後はどのような方向に進んでいくのか。私は、この点に大きく注目しています。



最後に。

岡本さんと南さんだけでなく、虹組メンバーのかたたちの中には、注目すべき個性の持ち主が、まだまだ大勢いらっしゃいます。そうしたメンバーのかたたちについても語りたいことはたくさんあるのですが、それはまたの機会に。

長文、大変失礼いたしました。



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2013.06.04 Top↑
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