2013/11/14
オーストリアから新たなヒゲのドラァグ・シンガーが、ユーロヴィジョンに降臨。
このブログでは、2007年から2008年にかけての一時期、ユーロヴィジョン・ソング・コンテストについて集中的に書いた時期がありました。
※当ブログのユーロヴィジョンについてのカテゴリは
こちら です。
今回のエントリでは、そのユーロヴィジョン・ソング・コンテストに関する話題について、久々に書いていきます。
来年(2014年)にデンマークのコペンハーゲンにて開催されるユーロヴィジョン・ソング・コンテストの、オーストリア代表に選ばれているのが、漆黒のラウンド髭をたくわえたドラァグ・クイーンの、
コンチータ・ヴルスト (Conchita Wurst)です。
ユーロヴィジョンにドラァグ・クイーンのシンガーが登場するのは、これが初めてではありません。髭を生やしたドラァグ・クイーンのシンガーも、既にブルガリアのアジスや、スペインのラ・シェールといった例を、このブログで紹介しています。
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※スペインの髭付きドラァグ・シンガーのラ・シェールを紹介した当ブログのエントリは
こちら 。
そんなわけで、私にとっては、ユーロヴィジョンに出演する髭付きドラァグ・クイーン・シンガーというのは、これといって珍しくも目新しくもなく、むしろ見慣れていてもおかしくないくらいのはずなんですが、それにもかかわらず、コンチータ・ヴルストのアーティスト写真を初めて見たときには、かなりのインパクトを受けました。
このコンチータ・ヴルストのヴィジュアルは、かつては日本にも存在していたゲイ・インディーズ・シーンの黎明期に大活躍をなさっていた Fiction Mitz さんの、髭を生やした時の顔にそっくりだったので、個人的にはかなりウケました。
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Fiction Mitz バイオグラフィー (Queer Music Experience.)
2001年8月25日の 東京レズビアン&ゲイパレード2001前日祭 GLORY (東京・代々木公園イベント広場)に 出演した時の Fiction Mitz まあ、それはそうとして。
このコンチータ・ヴルストに限らず、髭付きのドラァグ・シンガーというのは、その強烈なヴィジュアルゆえに、どうしても色モノのように思われがちなんですが、ブルガリアのアジスがそうであったように、コンチータ・ヴルストもまた、ユーロヴィジョンのオーストリア代表に選出されたがために、ホモフォビアの人々から政治的な圧力を加えられているそうなんです。
そうした事態に至るまでのコンチータ・ヴルストのキャリアの変遷については、親サイトの Queer Music Experience.に、新しくコンチータ・ヴルストのバイオグラフィーをまとめたので、ぜひそちらもお読みになってみてください。
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コンチータ・ヴルスト バイオグラフィー (Queer Music Experience.)
さて、上にリンクしたバイオグラフィーにも記していますが、先月(2013年10月)に ORF(オーストリア放送協会)が、ユーロヴィジョンの2014年度のオーストリア代表にコンチータ・ヴルストを選出したという、その決定に反発する声が、国内外から挙がっているそうなのです。
参照した記事は、こちら。
※
Bearded Drag Queen Sparks Eurovision Uproar (Radio Free Europe/Radio Liberty, 2013.11.12)
この Radio Free Europe/Radio Liberty の記事で書かれている内容について、Queer Music Experience.に掲載したバイオグラフィーに書いたよりももう少し詳しく、ここでは紹介していきます。
まず、オーストリア国内では、コンチータ・ヴルストが代表に決まったという発表があったその数日後に、フェイスブック上にアンチ・コンチータ・ヴルストのページが作成され、「いいね!」の数が40,000を超えたそうです。
また、そうした反発の声は、オーストリア国内だけには留まらず、ベラルーシからも挙がっているそうなんです。Radio Free Europe/Radio Liberty の記事によると、ベラルーシでは、来年度のユーロヴィジョンのコンチータ・ヴルストの出演場面を放送禁止にするよう、2,000人が署名した請願書が、ベラルーシの情報省に提出されたそうなんです。その請願書の中では、ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは「男色の温床」と化した、などと記されているそうです。
確かにゲイゲイしいのはその通りなんだけど、「男色の温床」って……。
この署名運動の中心人物である、アルチョーム・キラショウの発言も、Radio Free Europe/Radio Liberty の記事の中では紹介されています。それによるとキラショウは、ドラァグ・クイーンを見ると身体の調子が悪くなる、とまで述べているそうです。
……絵に描いたように典型的なホモフォビアです。
加えて、キラショウは次のようにも述べています。
曰く、コンチータ・ヴルストをオーストリア代表としたユーロヴィジョン側の決定は、ヨーロッパのリベラル派が、自分たちの価値観をベラルーシやロシアにも押し付けようとするものだ、と。
……コンチータ・ヴルストのユーロヴィジョン出場が、リベラル派の価値観の押し付けであるとするならば、他国のアーティストであるコンチータ・ヴルストを排斥しようとするキラショウの言動もまた、保守派からの価値観の押し付けに他ならないんじゃないの?
――と、いうのが私個人の印象です。
そして、このキラショウの発言の中には、ベラルーシだけではなくロシアの国名も挙げられているというところが、実は今回の騒動の肝である、と私は考えます。
2013年の今年は、アメリカの各州で同性婚の合法化がどんどん進んでいます。その一方で、ロシアでは同性愛宣伝禁止法が6月に成立しました。アメリカやイギリスといった国々のLGBT関連のニュース・サイトを見ていると、当然のことながらそうしたロシアの決定を批判する言説が溢れているので、あたかもロシアがこの問題に関しては世界的に孤立を深めていっているかのような錯覚を起こしてしまいそうになるんですが、事実はおそらく逆で、性的少数者を排斥するこうした動きは、どうやらロシアだけには留まらず、かつての旧共産圏の国々にも広がっていっているようなんです。
コンチータ・ヴルストをユーロヴィジョンから排斥しようとしているアルチョーム・キラショウの発言の中に、ロシアの国名が出てきているのは、今回の件がロシアにおける同性愛宣伝禁止法の成立とは決して無関係ではないということを、端的に示しているように、私は感じます。
先にもちょこっと述べましたが、ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは、世界で最もゲイゲイしい音楽の祭典としても、非常に有名です。今回のエントリの始めのほうにも書いているように、ユーロヴィジョンにドラァグ・クイーンが出演するのはなにも今回が初めてではないし、MtF (Male to Female)のトランスセクシュアルのシンガーであるイスラエルのダナ・インターナショナルが1998年に優勝してからは特に、さまざまな個性を持ったオープンリーのLGBTのアーティストが、ユーロヴィジョンのステージには登場してきました。
初めてダナ・インターナショナルがイスラエル代表に決定したとき、ユダヤ教の原理主義者の人々は「この選考結果は、イスラエルの音楽を地に落とすものだ」として、ダナを激しく攻撃しました。それと似たようなことが、2013年の現在でも、未だに世界では起こっている、ということなんです。
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ダナ・インターナショナル バイオグラフィー (Queer Music Experience.)
しかし。
こうした圧力に、ダナ・インターナショナルが決して屈しなかったのと同じように、コンチータ・ヴルストもまた、毅然とした態度を貫いています。
コンチータ・ヴルストの公式サイトを開くと、トップ・ページには"Tolerance"の文字が、大きく掲げられています。彼女のテーマは、マイノリティへの「寛容」を訴えることなんです。
※
コンチータ・ヴルスト公式サイト 彼女は、Radio Free Europe/Radio Liberty の記事によると、次のように語っています。
「(国内外からの反発の声について)大して気にはしていないわ。私はネガティヴなものと戦うよりも、ポジティヴなもののために戦うというスタンスなの。」 「私のファンではないという人と、実際に会って話をしてみると、本当は良い人なんですねって言われることがよくあるのよ。そんな時にはこう思うの。『そうよ、それこそが肝腎な点なのよ!』って。ファサードの陰に隠れているものをこそ、みんなは見るように努めなくちゃ。」 「ロシアでは怖ろしいことが起きているわ。21世紀の世にあってはならない、人権の蹂躙よ。歴史的に鑑みても、こんなことはあってはならないわ。本当に大きな問題よ。」 「寛容」の伝道者、コンチータ・ヴルストが、来年度のユーロヴィジョンで素晴らしい成績を収めてくれることを、私は心から願います。
それでは最後に、オーストリアのヒット・チャートで最高12位を記録した、コンチータ・ヴルストの2012年のシングル曲
「That's What I Am」 をぜひお聴きください。2012年度のユーロヴィジョン国内予選でのライヴ映像です。
"That's What I Am" (Live on "Eurovision 2012 - Austria", 2012)
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コメント
毎年ユーロヴィジョンを楽しみにしている者です。
Wurstは最初容姿にびっくりしましたけど、インタビュー動画を見て真面目でとてもチャーミングな方だとわかりました。今春、多くの人が彼女のメッセージに勇気づけられることを願っています。
2013年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストでアイルランド代表だったRyan Dolanが、今月初旬にゲイであることをカムアウトしました、素敵な曲を書く青年です、よろしければご紹介下さい。
突然のコメント失礼いたしました。
2014/02/27 20:41 by 水石 URL 編集
Re: タイトルなし
はじめまして。コメントをどうもありがとうございます!
コンチータ・ヴルストには、ぜひ健闘してほしいですよね。その歌声を通じて、マイノリティへの寛容の精神を、ユーロヴィジョンのステージから世界中のすべての人々に向けて、思う存分に発信してほしいです。
それから、Ryan Dolan についての情報提供を、どうもありがとうございました! 当方、不勉強なもので、恥ずかしながら、今回いただいたコメントを拝読するまで、彼の名前を知りませんでした。
そこで、いただいた情報を元に、彼についていろいろと調べているうちに、すっかりファンになってしまいました。素晴らしいアーティストですよね!
というわけで、後日、こちらのブログと、親サイトの Queer Music Experience.の両方に、Ryan Dolan についての記事を掲載しようと思っています。
掲載時期ですが、現在は家庭の事情で、執筆のためにじっくりと時間をかけることが、ちょっと難しくなっている状況なので、すぐにというわけにはいかないかもしれませんが、一、二週間のうちには、必ず掲載させていただきます!
情報提供をいただけるのは、本当に嬉しいです。ありがとうございました! これからも、よろしくお願いいたします!
2014/03/02 17:10 by 藤嶋隆樹 URL 編集
こんばんは。早速のお返事、誠にありがとうございました。
Ryan Dolanを気に入って頂けて、大変嬉しいです。
決して派手な青年ではありませんが、Only Love Survivesの中の、Be Love!ってすごいメッセージだなと思うのです。
3月7日発売の『Start Again』(文字通りカムアウト後初の仕切り直しの曲)も、試聴した感じではやはり力強いメッセージソングのようです。
是非応援したいアーティストなので、お力添え頂けますと大変ありがたいと存じます。
こちらこそ、いつも貴重な情報を頂き感謝しております、今後ともよろしくお願いします。
2014/03/03 03:49 by 水石 URL 編集
Re: タイトルなし
返信がおそくなってしまい、申し訳ありませんでした。
Ryan Dolan についての記事を、親サイトの Queer Music Experience.と、このブログに、新しく掲載しました。掲載日をニュー・シングルのリリース日に合わせたのは、決して狙っていたわけではないんですが(笑)、結果としては良かったかなー、と思っています。
自分の文章が、いったいどれだけの数の人の心を動かすことができるのか、自信は全くないんですが、少しでも多くの人に、Ryan Dolan への関心をもってもらえたらと、それを願っています。
繰り返しではありますが、今回の情報提供を、本当にありがとうございました!
2014/03/07 00:51 by 藤嶋隆樹 URL 編集
ご無沙汰しています、ユーロヴィジョン・フリークの水石です。
その節はRyan Dolanの記事をupして下さいまして、ありがとうございました。
2014年度のESC(ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト)がコペンハーゲンの10日夜、日本時間11日未明に無事終わりました。
本年度の優勝者は・・・なんとconchita wurstでした。
ご存知のとおり、ESCへの参加にあたりコンチータは、ヘイターによる迫害や同じESCのアルメニア代表によるホモフォビックな発言(のちに謝罪)を受けたりと、厳しいスタートを切ったのでしたが、持ち前の笑顔と優雅さでことごとくそれらをかわし、着実に下馬評の順位を上げていました。
でも優勝までいくとは、驚きでした(驚きますよね?)。
よくコンチータはDana internationalと比べられていますけど、ダナとコンチータでは性自認が違うので、優勝の意味も違ってくるのではないでしょうか。
お聞き及びかとは存じましたが、朗報だったので・・・私からも一報入れさせて頂きました。
2014/05/11 21:36 by 水石 URL 編集
Re: タイトルなし
ご無沙汰しております。コメント、ありがとうございます!
やってくれましたねー、コンチータ・ヴルスト! 彼女の優勝のニュースは、欧米の複数のLGBT向けニュース・サイトの記事を読んで知りました。彼女の活躍を期待してはいましたが、まさか優勝とは、本当に嬉しい驚きです!
> よくコンチータはDana internationalと比べられていますけど、ダナとコンチータでは性自認が違うので、優勝の意味も違ってくるのではないでしょうか。
水石さんのおっしゃるとおりだと、私も思います。実は、私が今書いている途中のコンチータ優勝の記事の中では、まさにこの点について触れようとしていたんです。私も水石さんと同じところに着眼できていたので、この箇所を読んで、嬉しく思いました。(^^
というわけで、コンチータ優勝の記事のアップは、もう少しお待ちくださいませ。
これからもよろしくお願い申し上げます!
2014/05/13 10:51 by 藤嶋隆樹 URL 編集
藤嶋さんの記事はアーティストの表現のみならず、その人となりやその人を囲む環境までに迫る内容で、いつも嬉しく拝読しています。
記事のアップ楽しみにしております。
こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
2014/05/13 22:03 by 水石 URL 編集