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昨年の夏に新宿で開催された、ゲイ&レズビアンの実力派インディー・アーティストたちによるライヴ・イヴェント、Rainbow Music Expoに、私ことQ.M.E.管理人は、GOLDEN ROSEのバック・ダンサーとして、出演しました。

Rainbow Music Expoでのライヴに備え、当時のGOLDEN ROSEチームは、群馬県某所で合宿を行ないました。その合宿で、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画『ビクター/ビクトリア』のDVDを、GOLDEN ROSEチームのプロデューサーが上演してくれました。

別にライヴの参考資料というわけではなく、ただ単にプロデューサーが「面白いからみんなで観よう」と上演してくれたんですが、本当に面白いミュージカル映画でした。

ただ、DVDの上映が始まったのは、確か深夜の2時とか3時過ぎで、途中で眠気に耐え切れなくなった藤嶋は、結末を観ないまま床に就いてしまったのでした。

合宿から帰ってからは、映画の結末が気になりつつも、ライヴの準備が忙しく、そのうち『ビクター/ビクトリア』のことはすっかり忘れてしまいました。


今年に入ってから、藤嶋は大学の授業を通じて、ミュージカルの歴史について学び始めました。実はミュージカルというジャンル自体に大きな関心があったわけではなかったのですが、大学生活も4年目となると、興味のある授業は大方受講し尽くしてしまっていたので、自分の関心外の授業も受講せざるを得なかったのです。

ミュージカルの授業では、参考資料として、さまざまなミュージカル映画の映像が上映されます。それらを観ているうちに、ミュージカルに大きな関心のなかった藤嶋は、すっかりミュージカル映画が大好きになってしまいました。今ではその授業が毎週毎週楽しみで仕方ありません。

そして、自分でもミュージカル映画のDVDを次々と購入して楽しんでいるのですが、件の『ビクター/ビクトリア』のDVDも、690円という超低価格で売られていたので、迷わず購入して、結末まで鑑賞しました。

以下からは、『ビクター/ビクトリア』の内容についての記述になります。結末を知りたい方、もしくは知っている方のみ続きをお読みください。


『ビクター/ビクトリア』は、1934年のパリを舞台にした物語です。

ジュリー・アンドリュースが演じるのは、ソプラノ歌手のビクトリア。彼女のEフラットの声は、手近にあるグラスやボトルが割れてしまうほど、よく響く声なのですが、ちっとも仕事にありつけません。滞在しているホテルの部屋代も、2週間滞納。食事すら満足に摂れていません。そんなビクトリアが、ゲイのクラブ歌手のトディと出会います。

トディもクラブを解雇されたばかり。そんな2人は、一計を案じます。

ビクトリアを、女装した男性の歌手、ビクターとして売り出すのです。

熱唱するビクトリア
熱唱するビクトリア


この目論見は、見事に成功します。

華麗なダンスと歌を披露した後、カーテンコールの際にウィッグを外し、実は男性であることを、ビクトリアは明かすのです。女性だとばかり思っていたビクトリアが、実はビクターの女装であったことに観客は驚愕し、その見事な女形ぶりに、惜しみないスタンディング・オベーションを贈ります。

ヅラをとるビクトリア

ヅラをとったビクトリア


瞬く間にパリの花形となったビクター。そんなビクターに恋心を抱く男性が出現します。

シカゴの大きなクラブのオーナー、キング・マーシャンです。

彼は、ボディガードのスクワッシュと、クラブ歌手のノーマ・キャシディを伴ってパリを訪れていましたが、ステージで歌うビクターの姿に、一目ぼれしてしまいます。そして彼は、ビクターが男性であるということが、どうしても信じられません。

ビクターは、本当は女性ではないのか――? そんな疑惑を胸に抱きつつ、キングはビクターに接近します。そしてビクトリアも、ビクターとしてキングに接しながら、徐々にキングへの想いを膨らませていきます。

キングは、彼がオーナーを務めるシカゴのクラブにビクターも出演しないかと話をもちかけます。それを引き受けたトディとビクトリアは、かつてトディが出演していたクラブに、キングを案内します。しかし、そこで乱闘騒ぎが発生し、警察が出動します。捕まっては大変と、キングとビクトリアは手に手をとって、2人で逃げ出します。

初めて2人きりとなったとき、キングはビクターへの想いを抑え切れなくなってしまいます。

「――男でも構うものか!」

キングは、ビクターの唇を奪います。

口づけを交わすキングとビクトリア


……素敵なセリフですね、「男でも構うものか!」。

自分も言われてみたいです。

藤嶋は以前、名古屋でサラリーマンをしていたとき、会社の上司に、熱烈な片思いをしていました。そして、その上司とは、性的な接触がない以外には、何ら恋人同士の付き合いと変わらない、非常に親密な関係になったんです。

その上司――仮にK係長としておきます――と、一度だけ大喧嘩をしたことがありました。2人の仲の良さは職場でも有名でしたから、藤嶋とK係長があからさまに気まずくなると、職場全体の雰囲気も気まずいものになりました。

結局、K係長とは一週間後に仲直りしました。そのとき藤嶋とK係長は電話で話していたのですが、彼は藤嶋に、こう言いました。

「お前が女だったら、絶対俺のものにしてる。それくらいお前のことを大切に思ってるから」

――異性愛の男同士だったら、普通は絶対にあり得ない言葉です。K係長は、藤嶋の想いに気がついていたんだと思います。気づいていてなお、藤嶋のことを大切に思ってくれているという、そんな彼の言葉を聞いて、藤嶋はこの上もなく幸せな気持ちになりました。

と同時に、この恋は絶対に報われないのだという現実も知りました。

なぜなら、藤嶋は女ではないから。

「女だったら俺のものにしている」という言葉は、裏を返せば、「お前は男だから、俺の恋人にはなれない」と言っているのと同じだからです。

彼の言葉に、涙が止まりませんでした。

かれこれ10年近く前の話ですが、このときに味わった、喜悦と絶望が一体化した感情は、今でも忘れることができません。

そんな藤嶋なので、この映画の中で、ジェームズ・ガーナーが演じたキング・マーシャンの、「男でも構うものか!」というセリフは、本当に素晴らしいと思います。



――話が大幅に逸れました。

キングから熱い口づけを受けたビクトリアは、自分が本当の男性ではないことを、あっさりと明かし、2人はめでたく結ばれます。

こうしてビクトリアは、周囲には自分が女性であることを隠しながら、キングとの交際を開始します。

しかし、そこには様々な困難が付きまといます。

自分がゲイだと思われたくないキングは、ビクトリアが家庭に入ることを望みます。しかし、せっかくスターの座を手に入れたビクトリアは、今の生活を捨てたくはありません。2人の思い描く未来は、食い違っていたのです。

そんな2人の周囲に、不穏な影が忍び寄ってきます。

かつてのトディの雇い主が、ビクターの秘密を嗅ぎつけ、トディとビクターを窮地に陥れようと暗躍を始めます。また、ビクターが現れたことでキングに捨てられたノーマが、キングの共同経営者をたぶらかし、キングがゲイであることを理由に、彼をオーナーの座から下ろそうと画策するのです。

はたして、ビクトリアとキングの未来はどうなるのか?

……というのが、『ビクター/ビクトリア』の大筋です。



この映画は、もとは1933年に製作された同名作品が基になっているそうです。ただし、内容には大幅な変更が加えられており、女装した男性を演じる女性の姿を描いた物語という基本設定以外は、ほぼ別物のようです。

オリジナルが製作された1933年という時代では、映画でゲイを描くことは、まだタブーでした。そこで考え出されたのが、本物の女性が、女装した男性のふりをしてスターになるという、このややこしい設定でした。つまり、ビクトリアというキャラクターは、ゲイのカモフラージュとして生み出されたのです。

ジュリー・アンドリュース版の『ビクター/ビクトリア』が製作されたのは、1982年。この映画の中では、堂々とゲイの姿が描かれています。ロバート・プレストン演じるトディは、まったくのオープンリー・ゲイです。彼はクラブで、堂々とゲイ讃歌を歌い上げます。

また、キングのボディーガードのスクワッシュも、物語の後半で、実はゲイだということが明かされます。屈強な大男の彼がゲイだということが信じられないキングは、彼に尋ねます。

「君はいつからゲイなんだ?」

すると、スクワッシュは答えます。

「生まれたときからです」

「だって俺たちは15年来の付き合いだぞ?」

「ゲイなんて山ほどいますよ」

「君はフットボール選手だったんだろ? 君ほどタフで乱暴な選手は見たことがなかったぞ」

「オカマと呼ばれたくないから、乱暴なフットボール選手になるんです」

――このように、1982年度版の『ビクター/ビクトリア』では、トディやスクワッシュのような、一生活者としてのゲイの姿が描かれています。

そして、オリジナル版では描けなかったゲイの姿を堂々と描きつつ、しかしオリジナル版の設定をそのまま活かしたことにより、1982年度版の『ビクター/ビクトリア』には、さらにもう一つ、新しいテーマが加わっています。

それは、女性の自立です。

ビクトリアは、男性のふりをすることで、初めてスターの座を手に入れることができました。言い換えれば、彼女は女性のままではスターになれなかったのです。

先述したとおり、ビクトリアはキングと結ばれてからも、ビクターとして歌手の仕事を続けていくことを望みます。つまり、キングとビクトリアのすれ違いは、仕事と家庭の両立に悩む女性の姿を描いたものでもあるわけです。

最終的に彼女は、ビクターとしての生活を捨てます。

それは、キングがクラブのオーナーの座から追い落とされるのを防ぐためのものであり、またトディが大衆を騙し続けたとして警察から罪に問われないようにするためでもあり、好きな男ができたから家庭に入るのだという単純な動機によるものではありません。

しかし、仕事を諦めることが物語のハッピー・エンドになる限りは、これは女性の勝利の物語とは言えません。

同性愛を正面切って描けなかったことが1933年という時代の限界なのだとしたら、女性の勝利を描けなかったことが、1982年という時代の限界だったのかもしれません。

とはいえ、『ビクター/ビクトリア』という映画は、男性優位社会への異議申し立てを、ゲイと女性の両方の視点から同時に行ない、しかもそれを誰が見ても気持ちよく笑える上品なミュージカル・コメディとして仕上げたという点で、これからも語り継がれるべき作品だと思います。





さて、真面目に語ったその後は、異なった角度からの『ビクター/ビクトリア』の楽しみ方を紹介したいと思います。

それは、レスリー・アン・ウォーレンが演じた、シカゴのクラブ歌手でキングの最初の愛人の、ノーマ・キャシディのバカ女っぷり。

レスリー・アン・ウォーレンは、この作品の演技で、アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたそうですが、それも大いに納得の怪演です。

キングが初めてビクトリアのステージを観たその晩、ノーマは、ビクトリアのことで頭が一杯のキングを、無理やりベッドに誘います。

しかし、気分が乗らないキングは、男性が奮い立ちません。

そんなキングを、ノーマは「いいのよ、誰にでもあることよ、気にしちゃいけないわ」と慰めます。



ジェームズ・ガーナーの胸毛をいじりながら恍惚となるレスリー・アン
キングの胸毛を引っ張るレスリー・アン

恍惚となるレスリー・アン
心底迷惑そうな表情のジェームズ・ガーナー




しかし、キングを慰めているつもりが、「不能」「インポテンツ」といった単語を連発しまくるノーマに、キングは堪忍袋の尾が切れてしまい、ノーマの口に石けんを押し込みます。



「石けんを食わせられたのなんて初めてよ!」
絶叫、レスリー・アン



文字通り口角泡を吹くレスリー・アン四連発
泡を吹くレスリー・アン1

泡を吹くレスリー・アン2

泡を吹くレスリー・アン3

泡を吹くレスリー・アン4




ヒロインのビクトリア以上に、リアル女性でありながら女装臭が全身から漂うレスリー・アンですが、そんな彼女のステージ・シーンもまた、女装臭が全開です。

張り切るレスリー・アン
いますね、こういうドラァグ・クイーンが、実際に。




マドンナが「オープン・ユア・ハート」のヴィデオ・クリップでビスチェ姿のパフォーマンスを披露したのは1986年ですが、それに先立つ4年前、既にレスリー・アンが先駆していました。

ダンサーを従えたレスリー・アン



まるで爬虫類のように、
首に筋を浮き立たせて奮闘するレスリー・アン
さすがに老いは隠せないレスリー・アン



お下品さにおいても、レスリー・アンはマドンナに先駆しています。
ほら、この通り!


ヘアがはみ出してもお構いなしのレスリー・アン




ていうか、ヘアーがはみ出してるし。




というわけで、作品自体も素晴らしい『ビクター/ビクトリア』ですが、レスリー・アン・ウォーレンの演技だけでも観る価値が充分にあります。

これがたったの690円!

ぜひ皆さんも、『ビクター/ビクトリア』をご覧になってみてください。



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2006.05.28 Top↑
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