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昨年の10月、コカイン所持と警察への虚偽通報の容疑によって、ボーイ・ジョージはニューヨークで逮捕されました。

最悪の場合にはアメリカの刑務所に15年間の服役、とも報じられ、ボーイ・ジョージ側は無罪を主張しましたが、最終的には、イギリスのリハビリ施設で治療を受けることと、マンハッタンで5日間の地域奉仕活動を行なうこと、さらに罰金1000ドルの支払いと、訴訟費用160ドルの負担という、これらの条件を呑むことで、ボーイ・ジョージは事態の収拾を図りました。それが今年の3月のことでした。

ところが、またもやボーイ・ジョージに逮捕の危機が迫っていることが、先週の土曜日、Gay.comで報じられました。

N.Y. judge issues warrant for Boy George

この記事は、そのまま日本語に翻訳しただけでは内容がわかりにくいものになりそうだったので、補足を加えつつ、趣意を整理したものを、以下に書き記します。




まず、3月の時点でボーイ・ジョージに出された判決内容のうち、罰金1000ドルの支払いと、マンハッタンでの5日間の地域奉仕活動が、未だに履行されていないようなのです。

裁判所が出した判決内容、特に地域奉仕活動の内容について、ボーイ・ジョージ側は、抵抗を示しているそうです。

裁判所が命じた地域奉仕の内容とは、マンハッタンの道路清掃でした。これこそが、ボーイ・ジョージ側にとっては大きな問題なのです。

ジョージの弁護士のルイス・フリーマンは、次のように述べています。

「それが彼に与えられた罰ならば、何も間違ったところはありません。しかし、報道合戦が起こるでしょう。新聞は毎日、彼の後を追い回しているのです。」

そして、「オダウド(註:ボーイ・ジョージの本姓)は、道路清掃よりももっと価値のあることを行いたいと希望している」として、ルイス・フリーマンは代替案を提出しました。その内容とは、ファッションとメイクアップのワークショップを開き、DJとしてHIV基金に従事し、ティーンネイジャーの意識啓蒙に助力する、というものでした。

この代替案は、裁判所側にとっては、到底受け入れられるものではありませんでした。

なぜなら、地域奉仕活動とは、単なるボランティアではなく、あくまで司法的な懲罰だからです。

道路清掃がボーイ・ジョージにとって屈辱であることは、裁判所側も大いに承知していることなのです。だからこそ、懲罰になるのです。しかし、フリーマンの提示した代替案は、およそ懲罰と呼べる類のものではありませんでした。

裁判所側は、フリーマンを通してではなく、ボーイ・ジョージ本人の口から、判決内容を変更してほしい理由を聴取しようとしました。

が、ボーイ・ジョージは出廷しませんでした。

このため、「罰金を支払わない者は逮捕して収監する」ということで、先週の金曜日(6月16日)、ニューヨークの裁判所は、ボーイ・ジョージに逮捕状を出すことになった、というわけです。

ボーイ・ジョージが出廷しなかった理由は、フリーマンがその必要性を認めなかったためでした。フリーマンはジョージに、出廷する必要はないと説明していたようです。

しかし、ついに逮捕状が出されるという事態になったため、フリーマンは、ジョージにはいつでも出廷する準備があるというコメントを発表しました。

逮捕状は出されましたが、しかし裁判所側は、まだボーイ・ジョージ本人から直に話を聴いていないため、26日までは逮捕に踏み切ることはしない、とのことです。



……てっきり一件落着したとばかり思っていたのに、こんな事態になっていたとは、考えもしませんでした。

Gay.comの記事への書き込みは、決して数が多いわけではないので、そこにあるコメントが、アメリカのゲイ・コミュニティの平均的な反応なのかどうかは断言できません。が、明らかに悪意のある書き込みはともかくとして、そこで目立った意見というのは、ボーイ・ジョージには一定の同情を示しつつも、やはり彼は道路清掃を甘んじて受けるべきだ、というものでした。

私個人は、彼がパパラッチに囲まれながら道路を清掃する姿を見るのは辛い。それが司法懲罰である以上、パパラッチがどれだけ屈辱的に彼を包囲しようとも、彼はそこから逃げ出すことが、全く叶わないからです。

しかし、だからといって、フリーマンが提出したという代替案は、裁判所から鼻で笑われても仕方のないものだ、と私も思います。ファッションやメイクアップ、DJ活動などは、彼の本業の領域だからです。それでは地域奉仕活動の意味を成しません。



ボーイ・ジョージも、そしてジョージ・マイケルも、2人とも、ゲイ・コミュニティのロール・モデルだと見做され、彼ら自身、その自覚のもとにさまざまな発言を行なってきたからこそ、その発言に相応しい落し前の付け方が、今、求められています。

欧米のゲイ・コミュニティは、非常に厳しい眼差しを、彼らに向けているようです。



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2006.06.21 Top↑
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